• “七”が導くひとの暮らし。

  • 草や土のそばを通ると、むせるような草いきれに包まれる季節となりました。“小暑”が近づくと夏もいよいよ本格的になり、蝉の声も勢いを増します。今年は小暑を七月七日の七夕に迎えます。この五節句の一つである七夕は、牽牛星と織女星の古く中国に伝わる星祭りの説話に、日本古来の農耕儀礼や盆迎えの進行が結びついたものとされています。七夕は昔、日に七度食事をし、七度水浴びをすることで祓えになるといわれ、七種の食べ物を供えたり、灯りを七本灯したりと、“七”の数字を大切にしてきた行事なのです。月は七日ごとに新月から上弦の月、満月、下弦の月へと姿を変え、また新月にと繰り返されることから古代では時を知りました。人の細胞が生まれ変わるのも七の倍数となる約二十八日を要します。仏教でも七は聖なる数字とされ、弔いの法要は七日ごとに行われます。人の暮らしに深く影響を及ぼしてきた“七”の不思議。七夕の夜は天を仰ぎ、星に願いをするとともに、人としてのリズムを見つめ直してみる良いきっかけかもしれません。
  • 山が告げる博多の夏。

    町内名(流“ながれ”)を染め抜いた長法被を身につけた男衆を目にし始める頃、にわかに博多の町はいつも以上に活気づいてくる。福岡市の中でも博多区にて700年以上の永きに渡り、続けられてきた博多の総鎮守・櫛田神社に奉納する祗園祭“博多祗園山笠”が始まりを告げたのである。町の角々に笹竹が立ち、注連縄が渡される “注連下し”、山笠に神を招き入れる“ご神入れ”などの神事が執り行われる7月1日を皮切りに、男衆が長法被から締め込み姿となり、高さ約5m、重さ約1トンほどもある山を舁きながら旧博多部の街中を疾走する祭りのクライマックス“追い山”を迎える7月15日の早朝まで博多の町の熱狂は続く。ここ鈴懸は東流に属し、本社の目の前には鏡町の詰所が構えられる。7月1日の朝、鈴懸は祭りの期間中の無事を願い、夏の季菓“祗園饅頭”を櫛田神社に奉納し、熱い15日間の幕が開く。これぞ博多の祭り。山笠に熱狂する男達を“山のぼせ”というが、櫛田神社のお膝元、東流にある鈴懸は、当然、当主をはじめ職人達も山のぼせ。今年も櫛田神社に祗園饅頭を奉納し、博多の、そして鈴懸の夏が始まった。
  • 目にも涼やかに食養生。

    2013年7月22日は夏の土用の丑の日。土用とは、立春・立夏・立秋・立冬の四立の前の約18日間のことをいい、立秋直前の丑の日が夏の土用の入り、最後の日は節分(立秋)となります。土用は本来、“土の気が旺(さかん)になり事を用うる”という、土が最も働く時のことで、この時期は土いじりや殺生を忌む風習があります。また猛暑の時期でもある夏の土用には、鰻や古代より厄除けに通じると云われる小豆で包んだ土用餅などを食べ、食養生をして夏を乗り切る備えとし、その習慣は今も続いています。鈴懸でも、この時期だけのお取り扱いとなる土用餅が店頭に並びます。山形のもち米・彦太郎糯でつくる鈴懸の土用餅は香り豊かで、もちもちとしながらもさくっと噛み切れるのが特徴です。葉も花も実も滋養ある蓮を菓子器に見立て、つややかな餡に包まれた土用餅を目でも楽しみながら暑い夏を乗り越えてみてはいかがでしょう。
  • 菓子:土用餅