連載:すずなり

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連載:すずなり

りんの音でおもてなし

 

りんと澄んだ鈴の音は、古くより邪気を祓い、神を引き寄せる合図とされてきました。神社などの拝殿で参詣する前に大きな鈴を鳴らすのも、神楽や能楽の奉納舞などで楽器として用いられるのも、このような理由からです。鈴懸ではシンボルとして鈴をとりわけ大切にしています。人が多く行き交う東京ミッドタウン日比谷店の店舗入り口には、まるで表の雑踏からの流れる空気を一瞬で変えるかのように大きな真白の暖簾が掲げられています。見上げると中央に金糸と箔で美しく厳かに繍とられた三つの鈴。これは、京繍伝統工芸士であり、2019年に京の名工にも認定された長艸敏明(ながくさとしあき)氏によるもの。暖簾の生地は糸の段階で白く晒した手織り生地で、糸は全て苧麻(からむし)が使用されています。店内へお客様が入る際にまず最初に手に触れられる暖簾ですから、織り方には工夫が凝らされ、縦に曲がりやすく横に張りを出すことで暖簾として適した生地となるだけでなく、しなやかに仕上げられているのです。中心に神を招く鈴を配し、ここをくぐるお客様に福が舞い込むようにとの祈りが込められています。そして、鈴が三つ配されているのは鈴懸の店主が当代三代目であることが意味されています。この後、四代目、五代目と継がれるごとに鈴が一つずつ増えていくのも面白いと目を細める三代目に鈴懸の遊び心が垣間みえるようです。

 

 

ミッドタウン日比谷店の暖簾は潔いほどの白さが印象的ですが、中央の鈴の上方には美しい五色の糸が繍とられています。実はこの五色の色にも鈴懸からの大切な思いが込められています。五色の色で私たちになじみが深いものといえば、端午の節句に鯉のぼりと一緒に掲げられる吹き流しではないでしょうか。五色とは、万物は「陰と陽(天と地)」の二気により生じ「木火土金水」の五気が作用して成り立っているという古代中国の森羅万象の成り立ちを説いた哲理に由来するものです。この五気を色で表したものが五色で、本来は、植物を象徴する木気は青、火気は火を表す赤、土気は大地を表す黄、金気は冷たく光る金属の白、水は暗く低い場所に集まることから黒や紫で表されます。そして、この五色は方角を五方、季節を五時、人の感覚を五官で表すなどあらゆることが五行に配され重んじられているのです。そして、この五色もまた邪気を払う力があるとされ、昔はその家の繁栄と男の子の成長を願い、端午の節句には鯉のぼりとともに五色の吹き流しを天に向かって上げたり、祝事に使われる薬玉などにも五色の糸が垂らされているのです。

 

 

福岡にある鈴懸本店では、五色に彩られた暖簾を掲げお客様をお迎えします。これは、京都の染色史家である吉岡幸雄(よしおかさちお)氏による草木染めの暖簾です。吉岡氏が生み出す植物の花や実、樹皮や根に宿る色を汲み出し染められる色が、日本人の中に宿る脈々と受け継がれてきた自然のありのままの姿を美しいと感じとる独特の感性を大切に思う鈴懸三代目店主の心を打ち、暖簾として形づくられました。五色の色は双方の感性のもと独自の解釈で配色した五色で彩られ、中央に下げられた金色の鈴がお客様が暖簾をくぐる際にちりんと小さく音をたて邪気を払います。本来、暖簾は店名を染め抜くことで看板の役目を成したり、その店が営業中であることを示すために掲げられるものです。鈴懸では本店の暖簾は店名が染め抜かれてはいますが、それよりも鈴と五色でお越しいただいたお客様の邪気を払い、福をもたらすよう願いが込められて掲げられているのです。そして、日本が誇る長艸氏、吉岡氏お二方の素晴らしい伝統工芸師としての技を目にして実際に触れていただきたい。暖簾をくぐっていただくことが最初のおもてなし。そして、こんな細やかな形でおもてなしをさせていただくことを鈴懸自身も愉しんでいるのです。

 

 

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