連載:すずなり

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連載:すずなり

花も団子も

 

本格的な夏を目前に迎え、むんとした蒸し暑さを逃れてのれんをくぐると、目に飛び込んできたのは清々しいほどに大振りの枝をのびのびと伸ばした七竈(ななかまど)。白木の壁を背に葉の濃い緑色が映え、茶舗の席の空きを待つわずかな間に眺めているだけで気持ちがすっと落ち着いていきます。鈴懸本店では右手に菓舗、左手に茶舗へと案内する入り口中央で季節の花がまずお客様をお迎えします。この花、実は社員であり店頭にも立つ力丸さんが1週間に1度、開店前の朝に生け替えているのです。

 

 

以前は、鈴懸が店頭を飾る花を注文していた花屋さんに勤務されていた力丸さん。ご縁があって鈴懸の社員となった今でも、店頭の花生けは彼女が預かっています。仕入れは開店当初から信頼のおける花屋さんに任せ、週に一度届けられた花材の中からその季節、その時に気持ちに寄り添う枝や花を選び取り、花の個性に合わせて生けていくのだそうです。本店での花生けによく使用されるのは陶芸家の橋本祭由さんの大振りの花器や壺。店頭でお菓子が並べられている大きな皿も祭由さんの手による器です。ある火曜日の朝、開店前の店頭でパチンパチンと小気味良く枝を切る花鋏の音が響いていました。大きな口が割れるほどに開いた個性的なフォルムの壺を横たわらせ、それを動かぬように流木で留め、そこに背の高い七竈の枝を次々と迷うことなく収めていく力丸さんの姿がありました。「祭由さんの器は、どんな植物も受け止めてくれるカッコ良さがあるんですよねぇ。」と愛おしそうに壺の肌をなでて、次々に枝を差し込んでいきます。四方から眺め、覗いてみたりしながら大きな枝のまま生けることもあれば、細かく枝を分け、空間のバランスをとっていきます。お客様が茶舗へ出入りする場所でもあるので、枝や葉が触れて不快な思いをされないように、でも自然のままに近いダイナミックさを失わない程度に長さを調整したり、壁一面のガラスで仕切られた茶舗でお茶やお菓子を楽しまれているときに緑が視界に入り、気持ちが休まるようにと枝の向きにも気を配ります。大きな壺を留め、内側でも枝を支える役目をする流木は力丸さん自ら集めてきたもの。台風が通り過ぎた後の糸島の海岸に出向き、海水に晒された表情のいい流木を持ち帰った後、塩抜きをして使います。壺の奥深くでは、数年前のお正月飾りに使用した松の幹があまりにも立派だったのでと、これもまた枝を支えるお役目に再利用。祭由さんの土ものの器も、流木も、そしてそこに活けこまれる花や枝も、自然のままの風合いや曲線に美しさを見出し、力丸さんの手によって見事にバランスよく収められています。どれも自然物でまとめられているので、違和感なく空間に溶け込みます。生け込みが終わったとき、傍にはまだ大きな七竈の枝が2本取り残されていました。「今日はこれで完成!適度に空間がある生け方の方が涼しげですもんね。この2本はどこか別のところで使います。」細い枝1本、小さな葉1枚も全体のバランスを見て、残したり削ぎ落としたりしていきます。この引き算の美しさの感覚は、鈴懸の全てのものづくりに通じる大切な要素です。

 

 

現在の店主が今の鈴懸の前身となる「鈴」という店を地元百貨店に出店したとき、5尺しかないショーケースでしたが、そこに花瓶を立て、自身で花を生けてお客様をお迎えしていたといいます。和菓子だから、その時々の日本の四季を感じていただきたい。毎朝できたての朝生菓子を大切に店へ運ぶのと同じくらい、その日に咲く草花を自身の手で店頭に生けることは大切なことで、その気持ちは今も全く変わっていないと店主が話してくれたことがあります。和菓子をつまむときや季節の花を愛でるとき、その時期だけの美しさを感じ、ほっとひと息つく。大そうな芸術品を愛でるわけでなくとも、日々の暮らしの中に心が少しだけ豊かなになる時間を持てるひと役を担う。お菓子も草花もそんな風であって欲しいと和菓子づくりを続ける店主の思いが、力丸さんの手に花生けを任されてもなお、生き続けているのです。本店だけでなく新宿や名古屋など、福岡以外のディスプレイスペースのある店舗にも季節の花が生けられています。力丸さんが、その時に並べられるお菓子のディスプレイのイメージスケッチを各店舗に送り、そのお菓子との調和を考えて、その土地の信頼ある花屋さんによって毎週生け替えられています。「私は元花屋で、今もこうしてお花を生けさせていただいてますが、鈴懸に勤められている方はどなたでも、きっと素敵に生けられると思うんですよねぇ。」いつか社員皆で同じ草花を使って、それぞれが思い思いに生けたものを店頭に飾ってみたいと力丸さんは言います。職人も、店頭でお菓子を売る社員も皆、毎日美しいものに触れ、知らず知らずのうちに磨かれたその人なりの感性はどれも個性的で楽しいものに違いありません。これには店主も賛成しているようで、こんな遊び心も鈴懸の魅力の一つです。店頭を飾る花は毎週変わります。移り変わる季節の美しさを感じに、鈴懸へいらっしゃいませんか?

 

 

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