連載:すずなり

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連載:すずなり

好きなものは好き

 

鈴懸本店入口。ガラス越しで、通りを行き交う人たちに何とも言えない表情で視線を送るオランウータン。そう、和菓子屋にオランウータンが鎮座しているのです。もちろん本物ではなく木彫りの置物とはいえ、少し奇妙な光景でしょうか。でも、そのぽってりと膨らんだお腹を見ては「美味しい和菓子をたらふく食べて満足してるのかなぁ」とか、その上目遣いの瞳を覗き込んでは「今日はどれを食べようか迷ってんのかなぁ」なんて、思わず愛嬌ある表情を読み取りたくなってしまいたくなるほど、ユーモラスな存在感を放つ姿で今では本店の人気者となっています。これは福岡出身の彫刻家、柴田善二氏の作品「森の人」。鈴懸の店主が福ビルの翰林画廊で目があって以来、どうしても気になってたまらなくなり連れ帰ってしまったもの。実はこのオランウータンくん、彼女がいるのです。もしくは妹?かもしれませんが、オランウータンくんの相方の女の子は、鈴懸本社で商談やお打合せに来られたお客様にご利用いただく3階の入口でお出迎えしてくれています。

 

 

帽子を被ってお洒落した、この女の子のオランウータンちゃんは、本店のオランウータンくんと対で生み出されたため離ればなれにしてしまうのは可哀想と後から鈴懸に迎え入れられました。「なぜ、和菓子屋にオランウータン?」なんて疑問が湧いても理由なんてありません。店主が「なんか、好きだと思ったから!」なのです。柴田氏は動物の描写を得意とし、様々な動物のいきいきとした表情を写し取ることで知られています。福岡に住まわれる方であれば、大丸のパッサージュで大きな口を開けたカバを目にしたこともあるかと思いますが、こちらも柴田氏の作品のひとつです。

 

 

鈴懸本社では、まだまだ柴田氏による作品を楽しむことができます。社食堂に飾られているのは、木彫ではなく、のんびりと草でも喰んでいるような姿をしたバーバリーシープの群を氏がアフリカで描いた版画です。見たことも聞いたこともない動物の愛らしい姿にふと、心和ませることができます。社食堂は早朝から、職人たちがその日の英気を養う食事を摂ることはもちろん、細かな作業の合間にのんびりと寛いだりもする大切な場所。そこには柴田氏の作品とともに、反対側の壁に鮮やかなブルーが印象的な、のびやかに枝を伸ばしたどこかモダンな大きな槙が飾られています。

 

 

こちらは、福岡を拠点に活躍するアーティスト、佐々木亮平氏によるもの。さらに応接室の入り口には、各店舗でお菓子が盛られている器を手がける陶芸家、橋本祭由氏の阿吽の獅子。そして部屋の壁には季節の花を一輪、橋本氏の手による花器にそっと生けて。このように鈴懸では店舗に限らず、社員や職人が毎日せわしなく行き来する廊下にも、各部屋の壁にも店主が「なんか、良い!」と思った作家の作品を目にすることができるのです。それらの作品は当然、大切なものであるにも関わらず、さも大層に特別に扱われることなく、自然に鈴懸のそこかしこの空間に馴染んで存在しています。店主の感性で集められた、この世に二つと無い個性的な美術品ともいえるホンモノの作品群に触れ、毎日目にして無意識に過ごしているうち、何かしらの感性が育っているのものなのかもしれません。実際、鈴懸に入社した若い職人が勤めてしばらくした後、例えば新しい和菓子づくりに取り組む際に「なんか、この色合いはウチらしくないですね。」とか「なんか、コレは鈴懸っぽいですよね。」なんて口にし始めるのだそうです。これは実は凄いことなのではないかと、感心してしまいました。店主が「鈴懸とはこういうものだ」と職人たちに細かな指示を押し付けることはありません。鈴懸というものを形づくっている「何か」は、理屈や知識で説明できるロジックがあるわけではないのです。伝統的な和菓子づくりとはいえ、時代によって選び取る形や、組み合わせる色合い、もちろん味の仕上がりさえも変化してきます。そんな変化する「らしさ」を店主が名言すること無くして、職人や社員たちが汲み取ることができ、感性を共有できている結びつきほど強いことはありません。「なんか良い」の「なんか」を理解できる感性の豊かさこそが鈴懸の「らしさ」の秘訣だと思うのです。

 

 

これは鈴懸の職人や社員だけで分かち合っているものではありません。お客様が本店を訪れた際に最初にくぐる暖簾は、日本古来の草木染により日本の伝統食を蘇らせた京都の染織史家、吉岡幸雄氏が染め出した五色の色合いです。ミッドタウン店の入り口にかかる真白の暖簾には、京繍伝統工芸士の長艸俊明氏が鈴懸のシンボルである鈴を金糸と箔で繍とったもの。フィンランドを代表するブランド「マリメッコ」でテキスタイルデザイナーを務めていた石本藤雄氏の大らかな線が、陶芸家の面としても豊かに表れている陶の花に和んでいただいたくこともできますし、お菓子を詰めた箱をお包みする包装紙は太宰府天満宮の襖絵も手がける若き日本画家、神戸智行氏が鈴懸のために九州の地を訪れた際に感じ取った風の匂いや大地の力強さを描いたものです。神戸氏は月替わりで絵柄が変化する掛け紙も手がけてくださっていますので、お手元にとってその繊細な描写や色彩の美しさをご堪能いただけます。先に登場したオランウータンくんも本店で会うことができますし、お菓子を選びとっていただく際には、それが盛られた橋本氏の土のような風合いが美しい器との調和をも楽しんでいただけます。鈴懸の店主が、職人が、社員が、良いなと感じている「なんか」をお客様も一緒に感じ取っていただけたら。「なんか鈴懸、好きなんよね」と思っていただけたら、なんか少し嬉しいのです。