連載:すずなり

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連載:すずなり

⼩粋な仕掛け扉

 

御遣い物を鈴懸でお求めいいただくと、包装紙でお包みしたさらに内側に掛け紙をかけてお渡ししています。この掛け紙、⽉ごとに絵柄が変わり、その時々の⽇本らしさ溢れる美しい情景が切り取られているのです。渋さと華やかさが相まった何とも⾔えぬ⾊合いや、思わずじっと⾒惚れてしまうほど繊細な筆致。美しいだけでなく視点の⾯⽩さや、よく⾒てみるとユーモアが隠れているものもあり、お客様によっては毎⽉集めていただいている⽅もいらっしゃるほど評判をいただいています。それもそのはず。この掛け紙は、太宰府天満宮の襖絵も⼿掛けるまだ若き⽇本画家、神⼾智⾏⽒の⼿によるものなのです。今回は神⼾先⽣の太宰府にある制作現場にお伺いしました。

 

 

先⽣が作品を描かれている部屋に通していただいた時、すぐさま⽬に⼊ったのが美しい鉱⽯の標本。思わず⾒惚れてしまったこの天然の鉱物を砕いて⽇本画絵具はつくられているのです。⼥性のアクセサリーとしても⼈気の⾼いラピスラズリは瑠璃⾊、⽔晶は⽩、珊瑚はピンク⾊にといった具合です。⽇本の情景をそのまま紙に映すかのような繊細な表現は、この⾃然界に存在する鉱⽯からつくり出された⾊と、神⼾先⽣が⽬で⾒て、⼼で感じ取った⾊とがいくつも重ねられて真っ⽩な紙の上に形を成していたのでした。

 

 

⽉替りの掛け紙と、毎年の⼲⽀の掛け紙。いずれも題材は全て神⼾先⽣の感性にお任せしているので、新しい作品があがる時は鈴懸のスタッフも楽しみで仕⽅ありません。先⽣に掛け紙についてのお考えを伺うと「メインである和菓⼦に⾏き着くための“扉”のような役⽬として掛け紙は存在すると思っているんです。まず包装紙で鈴懸の世界観を感じていただいて、そして掛け紙で季節を感じ取っていただく。そのあとで箱を開けて和菓⼦と対⾯した時に、そこにある和菓⼦が表現する季節の美しさをさらに深く楽しんでいただきたいのです。」と、微笑まれました。先⽣のお住まいがある太宰府は、少し歩けばすぐに豊かな⾃然が広がります。時折ゆっくりと近くを散歩されては、移ろう季節を肌で感じ、多様な⾊のグラデーションの美しさを⽬にした時など、⽇々の中で描きたい題材が⽣まれてくるのだそうです。博多にある鈴懸の職⼈たちが⽬にし、感じ取って表現される季節の和菓⼦。その扉となる掛け紙を描かれる神⼾先⽣も太宰府に住まわれていることで、ともに同じ九州・福岡の地に流れる空気や温度などに触れ、どこか共通した美意識が宿っているのかもしれません。

 

 

描かれた掛け紙を並べて⾒てみると、葉⼀枚に紅や⻩が薄く濃く混じり合った様⼦から季節の移り変わりを⾒て取れるものがあれば、錦の着物を纏った凛々しい雛⼈形が緻密に描かれていたりと、抽象的なものから具象的なものまで、その表現はさまざまです。⽉の掛け紙は、⽔⾯に舞い落ちた桜の花びらや、⾚とんぼが⽌まり深く垂れた稲穂など、誰もが⼀度は⽬にしたことがある懐かしい光景を題材にした図柄が多く登場する中で、とりわけ六⽉は紫⾊や⽔⾊、ピンク⾊の丸が淡く散りばめられています。これは紫陽花を表現されたもので、他と違う筆致の理由を尋ねてみると「六⽉は上⽣菓⼦にも紫陽花が登場します。掛け紙でほんのりと紫陽花が持つ特徴的な⾊をまず⽬に映していただきます。そのあと箱を開けられた時に、⾬粒に打たれて輝く紫陽花そのものを⾒⽴てたお菓⼦を⽬にされると、わぁ!と喜んでいただけるかなぁと思いまして。」と、にっこり。包装紙を解きお菓⼦にいき着くまでの情景が⽬に浮かび、なんだか質の良い映画を⾒ているような⼼地になってしまいました。こんな仕掛けの意図を知れば、掛け紙をかけた和菓⼦をプレゼントに選ぶのも粋ですよね。いつお会いしても、⼝調もお⼈柄も穏やかな神⼾先⽣。優しいお⼈柄のまま、美しいと感じられたものを粛々と描かれているとばかり思いきや、どうやら楽しく驚かせてくれる演出家のような⾯もお持ちのようです。それが如実に現れているのが⼆⽉の掛け紙。描かれているのは中央に真っ⾚な顔した⻤さんだけ。「⻤はそと。福はうち。」の節分の頃に登場するこの掛け紙にも、思わずくすりと笑ってしまうような楽しい仕掛けが潜んでいますので、ぜひ⼿に取ってご覧くださいね。

 

 

私たちが伺ったのは秋もかなり深まった頃。先⽣が⼀⼼に筆を進めていたのは、まさに鈴懸の来年の⼲⽀の掛け紙でした。令和三年の⼲⽀は⽜。この⼲⽀の掛け紙にも先⽣の楽しい演出が仕掛けられていますので、どうぞお楽しみに!先⽣とお話ししているうちに、⽬の前にある⽇常の中で⾒出すことのできる美に気づかされ、さらにユーモア溢れた表現の楽しさに引き込まれていき、なんだか難しそうだなんて敷居を⾼く感じていた⽇本画が急に⾝近に親しみをもって感じることができるようになりました。そして、なんと⽇本は美しいもので溢れているのだろうと改めて⾝の回りに⽬をやり、⼼が落ち着くような感覚を得たのです。これは和菓⼦にも似た感情を覚えます。なかなか思うように外出もできず、恒例である季節の⾏事すら取りやめになってしまう昨今ですが、和菓⼦を通して、いつもは⾒過ごしてしまっていたような⽇常に宿る美に⽬を向ける時間も悪くないなと思えてくるのです。鈴懸も神⼾先⽣も、⽇々の中で少しでも⼼が和らぐような美しさや美味しさを、そして時にはちょっと⼼が軽くなるような楽しい演出をこれからも仕掛けていきたいと考えています。そして、神⼾先⽣が⼿掛ける鈴懸の包装紙にまつわるエピソードもまた別の機会にお話しいたしましょう。