連載:すずなり

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連載:すずなり

想いをくるり

 

和菓子を箱に詰め、くるりと包む包装紙。お店や、その商品のブランドイメージとして大切な役目を果たす包装紙は、鈴懸でもその顔としてお菓子と同様にお客様の目に触れる機会も多いものです。鈴懸の包装紙が現在のものに一新したのは2012年。原画を手がけてくださったのは、前回のこのすずなりでご紹介させていただいた神戸智行先生です。岐阜県出身の神戸先生と鈴懸とのご縁を繋げてくださったのは太宰府天満宮。現在の太宰府天満宮の宮司である西高辻信宏氏と、神戸先生の両氏はアメリカ・ボストン留学時代に知り会われました。西高辻宮司は、神戸先生の日本の風景や生き物を描くときに選び取る素材や作風を目にし「私の故郷にある鈴懸さんという和菓子屋さんも、日本のものをとても大切にしてお菓子をつくられているのですよ。」と、どこか共通する感性を感じ取り、ご紹介くださったのだそうです。その後お二人が帰国され、西高辻宮司のご紹介で鈴懸の現店主である中岡は神戸先生と出会い、先生の優しい視点でとらえた日本の美に深く共鳴したといいます。その頃、中岡は漠然と包装紙や掛け紙を今の鈴懸に合うものに変えていこうと考えていたものの、具体的に進行していたわけではなく、神戸先生に出会えたことで「ぜひとも、この方に何か鈴懸に関わっていただきたい!」という思いの方が強かったといいます。最初は包装紙のための原画としてではなく、鈴懸が生まれ、店を構える福岡の地を描いて欲しいとお願いしたことから始まりました。当時を振り返り、神戸先生は「本店の入り口にかけられた故・吉岡幸雄先生の五色の暖簾や、九州・福岡の地形など、自分の目に強く映った具体的なイメージを重ねたものを描いてみたのですが、中岡さんとお話を重ねるうちに、もっと大切なものを表現するには、“形”は省いたほうが良いなと気づいたのです。」と、話してくださいました。

 

 

店主の中岡が神戸先生に求めたものは、九州とは違う土地でこれまで過ごされた先生が福岡の地に立たれた時に感じられた空気感であったり、光の加減であったり、匂いなどを自由に表現していただけたら‥‥と、いったものでした。何度も会話を重ね、感性の共通点を高めるうちに、先生の描く福岡の姿を鈴懸の包装紙の全てにしたいと思いがまとまっていったのです。そこから神戸先生の鈴懸の新しい包装紙の取り組みは長い時間を費やすことになります。通常、何か販促物を制作する時には当然、納期が発生します。しかし、中岡が求めたのは時間の期限を設けることではなく、神戸先生に肌で、気持ちの奥底で、福岡の土地を感じ取って筆を走らせて欲しいというものでした。目にしたものを映しとるのではなく、感じ取ったものをそのまま表す。太宰府天満宮で個展を開催したり、襖絵を手がけたりすることで何度も福岡の地に足を運びながら感じた、岐阜や本州には流れているものとは異なる空気。中岡と出会い触れた、博多という東京とも大阪とも違った商人の町に息づく活気。博多祇園山笠で全国的にも知られ博多の総鎮守である櫛田神社の拝殿破風に “あっかんべー”をした風神雷神を掲げるユーモア。歴史的にも大陸や韓国との関わりも深く、どこかアジアの雄大さが色濃く残る大らかさ。外から来たものを隔て無く受け入れ、人との関わりを楽しみつくす優しさ。流行を追うのではなく、新しいものや、洒落を取り入れた独自のファッションを楽しむ福岡人の粋。神戸先生が目を閉じたときに見えてきた九州・福岡はそんな町だったといいます。

 

 

それを表現するために、神戸先生は描く紙から変更しました。九州の地を描くには、つるつると上質な和紙よりもゴツゴツと楮(こうぞ)などの素材が残り、ところどころ透けや厚みが重なる無骨な風合いをした韓国の紙が似合う。そこに、天然の顔料である敦煌黄土を重ねる。どこか渋さをもつ華やかさを表すために、銀箔に熱を加えて焼き込みをして燻し、和紙に移す。仕上げに砂子で細かな金色を散らす。そんな風に、神戸先生が感じた九州を表現した原画が1年以上の年月を重ねて仕上がったのです。鈴懸の包装紙を広げれば、四角の銀箔に焼き込みをしたことで生まれる色の変化、密やかながら華やかに舞う砂子などの美しさをはっきりと目にしていただけると思います。

 

 

そんな風に時間をかけて先生の感性が詰まった原画を、印刷して包装紙として仕上げなくてはなりません。通常の印刷物であれば、本印刷の前に色を確かめるために行う色校正という試し刷りは、2〜3回ほど行われます。しかし、この天然素材を用いて描かれた原画は、細かなところの素材の変化や、色の変化も先生が感じられたままの九州・福岡の姿です。原画のままを最大限にいかすために細かくチェックし、重ねられた色校正は実に8回以上に及んだと記憶しています。こうして、鈴懸の職人が大切につくった和菓子をお客様が楽しまれる最初の入り口となる包装紙は生まれ変わり、今も大切に使い続けられているのです。さらにその時、鈴懸の商品案内となるパンフレット制作も同時に進行していました。最初はよくあるパンフレット同様、表紙には鈴懸の店名を配していたのですが、この包装紙が仕上がっていくうちに「この原画にこそ、今の鈴懸の姿が表されているよねぇ。商品を包むのが包装紙なら、商品を掲載しているパンフレットの表紙も説明的なデザインではなく、包装紙でお包みしてしまうというのはどうだろう。」との中岡のアイディアで、パンフレットの入り口となる表紙には店名も出さず、その想いを存分に表した神戸先生の包装紙の原画のみを配することとなったのです。思い起こせば10年近くも前に一新した包装紙とパンフレットですが、お客様のお手元に和菓子をお届けする心は今も変わらず、そして中岡の想いを見事に表現してくださった神戸先生のおかげで、色褪せることなく今日も大切に和菓子を包んでお客様へお届けしているのです。