連載:すずなり

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連載:すずなり

美を宿らせし者

 

現在、本店を置く福岡をはじめ、東京と名古屋を含め全国8箇所に鈴懸は店舗を構えます。どこかの店舗においでいただいたことがある⽅であれば、なんとなく静かなる落ち着いた印象を感じられた⽅も多いのではないでしょうか。お菓⼦と向き合った時に、すんなりとそのお菓⼦⾃体に視線も気持ちもフォーカスするような‥‥。もし、そんな⾵に感じていただけていたとしたら、嬉しいのですけれど。と、いうのも⽇頃より鈴懸の店づくりは、できるだけの装飾を取り払い「デザインしないことをデザインする」ことに気を配っているからなのです。それは店の空間づくりだけでなく、鈴懸をかたち造る全てにおいて、鈴懸を表現する私たち全員が店主の考えのもと、⻑きにわたって意識し続けていることでもあります。すべては、お菓⼦が主役だからです。⽬から⼊る情報は⾊だけでなく、凸凹していることでつくられる陰影だったり、縦横の線の数など意外にも無意識のうちに様々な情報を取り込んでいるものです。⽬に馴染む光、⽿から⼊る⾳、⿐をかすめる匂い、⾜の裏や⼿の指先で感じる触り⼼地。それらが全て情報として瞬時のうちに取り込まれて〝感じる〟ことで、印象として残ります。鈴懸はいつも主役であるお菓⼦に、すっと気持ちをむかわせることができるよう、常に意識して空間の調和を考えているのです。以前より博多⼤丸地階に出店していた店舗が位置を移し、少し店舗⾯積を広くしてこの度2⽉に新装開店いたしました。この新しい店づくりでも、この考えは変わらず随所にいかされています。

 

 

鈴懸の店舗のショーケースの腰まわりを囲う、落ち着いたグレー。これは全店舗、同じ砂岩を使⽤しています。店をひとつ造りあげるには、デザイナーや職⼈などたくさんの専⾨分野に⻑けた⼈々が関わっているのですが、この腰まわりの砂岩の板の設置ひとつでも専⾨の職⼈が携わります。さらに⾃然物である⽯は⽬や⾊など同じものが⼀つとして無いため、⽯のどの部分を使うのか、つまり、どの部分を使うことが違和感なくショーケース下の腰回りを美しく収めるのかを⾒極めていきます。これは職⼈任せではなく、店主⾃らも⽴ち会い選び抜きます。そうして選んだ⽯を⽤いて現場で腰回りを丁寧に仕上げていくのです。

 

 

店主の店づくりへの気持ちをしっかりと受け取り、絵を描くのは空間・プロダクトデザイナーの⼆俣公⼀さん。そしてその⼆俣さんによって考え抜かれた絵を、各パーツの制作を担う職⼈たちと連携をとり、空間に実現させる現場監督の役⽬をしているのが内装施⼯業の清⽔⼀範さんです。清⽔さんの真⾯⽬で真摯な仕事ぶりには店主はもちろん、鈴懸スタッフも絶⼤なる信頼をおいています。この博多⼤丸店だけでなく福岡にある全店舗や、遠くはJR 名古屋髙島屋店も清⽔さんの仕事です。さらに鈴懸本社、そして実は、店主の⾃宅も清⽔さんに仕上げていただいたもの。店主は、清⽔さんの⼿によって仕上げられた空間で⽇々暮らし、仕事をし続けながら何年経っても違和感や居⼼地の悪さを感じることなく過ごすことができているといいます。建築物を造形する時に、とかくデザインの良し悪しを取り上げられることは多くありますが、デザインに気を配ることはもちろん、その空間を使⽤し、居続けるために何の違和感を感じずに過ごすことができるのは重要で、そのための素材選びや細部に⾄るまでの仕上げの丁寧さが空間に美しさをもたらすものなのです。

 

 

たとえば、端の処理。ショーケースと並んで存在する、特別な御遣い物⽤のお菓⼦をご紹介する⽊台は⾓を丸くとり、整然とした直線の印象に柔らかさを与えます。奥には季節の花を活けますので、空間を直線で分断することなく馴染むように空間を続かせます。そして、正⾯に⼤きく広がる⼟壁はあくまでも真っ直ぐに平らに。そしてこの壁の端もまた⾓は丸く、向こうへ続きます。博多⼤丸店にいたっては、ほぼ三⽅向からお客様の⽬に触れる位置に店舗が位置し、ショーケースの左側は通路に⾯して⼤きく開いているため、どこから⾒らても美しいように後ろの⽅まで⼟壁がすっと回り込んで続くように造られています。実はここ、左官さんのコテが⼊らず、かなり苦労されて仕上げてくださったようです。

 

 

そして店舗で⼤切なのが、バックヤードの処理。お客様が選ばれたお菓⼦を箱につめ、包装し、お会計をおこない、お⼿渡しする⼀連の動作をできるだけ滞りなく⾏う必要があります。そしてそれはお店が開店している間中続くのです。とくに百貨店内にある店舗では、包装する場所を⼗分に取れることはあまりなく、さらに包装紙や紙袋などを収納する場所も⼗分には確保できません。混雑時には何⼈もの店員が⽬まぐるしく⾏き来します。しかし、博多⼤丸店のように⾒る⾓度によっては、正⾯からだけでなく、このショーケースの後ろ側の備品の収納場所や店員の動きに伴う引き出しの出し⼊れなどの動作に⾄るまで、全てお客様の⽬に触れることとなってしまいます。さらに、百貨店によってはその築年数によって床の状態なども様々で、時には⻑いショーケースを備える床の左と右との⾼さが⼤きく違うなんてこともしょっちゅうです。たとえそうだとしても、真っ直ぐでなければいけないところは全て真っ直ぐになるように微調整し、全てが機能的に動き、そして美しく収まるように設計されています。ショーケースの裏にある備品の収納棚の⾜ひとつとっても、傾いた床に合わせ棚が真っ直ぐ平⾏を保つよう、それでいて⾜を隠すことなく⾼さを微調整して⼀つずつ仕上げているのです。店全体の⾒え⽅を⼆俣さんが描き、それを現実として美しく存在させるために、⽤いる素材や現場の状況に合わせて細かく設計して施⼯していく清⽔さんがいるからこそ、鈴懸の店舗は今の姿としてできあがっているといえるのです。

 

 

こういった⼀連の店づくりを店主は、「お菓⼦づくりと⼀緒の感覚なんだよね。」といいます。⾃然を感じ、⽇本の四季を映し、古くから⼤切にしてきた習わしや⾏事に沿うお菓⼦を、⾃然にある素材をいかして丁寧につくる。奇をてらうことなく、⼈々の暮らしに馴染み、寄り添うお菓⼦。そんな鈴懸のお菓⼦をお求めいただく空間も⼟の壁に⽊のショーケース、⼟台ともいえる腰回りには砂岩の⽯板。お菓⼦をのせる器は⼟ものの陶器。全て⾃然のもの。⾃然の⾊のまま。だから全てが馴染んで共存するのです。共通した建築素材を⽤い、店舗数が増えるごとに⾒せ⽅も鈴懸らしさが出てきたようにも思えるのですが、実は、新しい店舗をつくるにつれ少しずつ変化しているというので驚きました。例えば、⼟壁は塗り込められた藁の本数を先に造られた店舗と、最新の店舗である博多⼤丸店では違っているといった具合に。店ごとにその広さや、お客様の動線や視線の流れ、光の⼊り具合などを吟味して、より⾃然に存在するように、より馴染んで気持ちよくお菓⼦に対峙していただくことができるように。「だから一番新しい店舗が、最新の鈴懸の知恵が詰まった店になっているんだよ。」と店主は楽しそうに笑顔を浮かべます。決してお客様がすぐに気づくような部分ではなくとも、ひとりひとりの職⼈と話し、細かなことまで吟味してより気持ちよい空間をつくりあげることが、本当に楽しくて仕⽅ないといった様⼦です。でもこの笑顔、施⼯途中の清⽔さんを訪ねた時にも同じ笑顔だったのが印象的でした。清⽔さんが「新しい店ができ上がった時に、店主の中岡さんや鈴懸の皆さんの嬉しそうな顔が浮かぶんだよね〜。」と、⾊々と苦労して仕上げた様⼦をひとつずつ楽しそうに教えてくれた時の笑顔に。細かなところまで、関わる全ての職⼈たちと向き合い、⼀緒にものづくりをしていく店主の姿勢に現場は意欲も技術も上がっていくものだと清⽔さんは話してくれました。店舗の施⼯を依頼してくれている主の顔が⾒え、気持ちを直接汲み取りいかすことができることは、職⼈にとって幸せなことだと。全てはお菓⼦のため。全てはお客様に気持ちよく店を訪れていただくめに。新しい店の壁に慎重にうるみ⾊した看板を掲げながら、清⽔さんはマスクの下でにっこりと微笑みつつも、満⾜のいく仕事が終わりに近づいたことに少し淋しさも感じていたようです。博多⼤丸店、新装開店しております。細部に美を宿らせた新しい店舗でのお買い物をどうぞお楽しみください。

 

 

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