○ △ □ – さんかく

連載 すずなり

外の空気がしっとりとした湿気を帯び始めると、鈴懸の工房内はこの時期ならではの光景が広がります。もちもちとした白いういろうの上に、つやつやとした小豆がびっしりと並べられた12寸×12寸の大きな真四角が工房の作業台に登ります。そこに職人がそっと慎重にものさしを当て、きっちり2寸ごとに刃の長い包丁で僅かな切れ込みを入れて印を付けていきます。

一辺に2寸ごとの切れ目を入れた後、小豆1個分にも満たない程にはみ出した端は真っ直ぐに切り落とされます。その後、切れ目を目安に2寸×2寸の正方形に切り分け、さらに対角線に包丁を入れ、72個の美しい三角形に切り分けます。6月のひと月間だけしか店頭に並ばない、鈴乃水無月の製作工程です。水無月というお菓子はその歴史は古く、はるか室町時代に正月から今まで半年間の穢れを祓い、さらにこれから残りの半年間の無病息災を祈願して、一年間の半分が過ぎた節目の6月末日に食べられていました。6月の和風月名である水無月がそのままお菓子の名前になっているほど、古くから重用されてたのです。また三角形という独特な形状にも意味が含まれています。冷蔵庫なんて無い当時の日本では、冬のうちに氷を氷室で保管しておき、一年の節目となる6月末日にその氷を取り出して、宮中に暑気払いとして献上していました。暑さが本格的になっていくこの時期に、冷たい氷を口に含んで暑さをしのいでいたのですね。そんな古い慣習に習い、白いういろうの上に邪気を払うと古来より信じられてきた小豆を敷き詰めて蒸したものを、宮中の氷片に見立てて三角形に包丁を入れたお菓子が水無月なのです。

水無月は、宮中行事の名残で主に京都や関西地方で親しまれてきたお菓子で、鈴懸でもこの古来よりの形と製法を用いて6月だけ限定で鈴乃水無月と銘打っておつくりしています。和菓子は味の調和を大切にするのはもちろんのこと、このように形状や用いられる素材にも深く意味があり、人々の願いが込められているものが多く存在します。6月に入り、今年も例年と同じくつくり始められた鈴乃水無月ですが、鈴懸の職人たちは無病息災であることを今年ほど強く願って日々の工程を進めることはないと言います。この鈴乃水無月を口にされる全てのお客様が無病息災で、これからも健やかに過ごしていかれますことを切に心から願っています。

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