ユゲノムコウ

連載 すずなり

人の声はほとんど聞こえず、時々木べらがボウルに当たるカチカチや、焼印を押すジュッという音が耳に心地良い工房で、音は立てていないのに、まるで音を伴っているかのように時折存在感を主張するもの。それは湯気。たとえばコトコトと小豆が茹でられている大窯が、やがて表面いっぱいにモワモワと真白な湯気が立ち上る頃には、あたりもほんのり温かくなり、豆の甘いよい香りが窯の周りいっぱいに立ち込め始めます。いつもと変わらずいい塩梅に茹で上がった豆の香りを含んだ湯気は大窯からホワ〜っと音にならない音を立て、職人にできあがりを知らせているかのように感じるのです。

お祝いの席のために求められた赤飯が蒸し器から取り出されるとき、「美味しくできあがりましたよ〜」という合図かのようにフワリと滑り出てくる湯気。もち米と小豆がふっくらツヤツヤと混ざり合って蒸し上がると、優しい香りが工房内に広がります。赤飯はやはり、おもにお祝いごとや悦ばしい席で食べてきたことが多いせいか、温かな湯気とともに漂うこの香りを嗅ぐと、嬉しかったり誇らしかったりした記憶が蘇り、なんだか条件反射的に少し笑顔になってしまいます。

鈴懸には茹でたり蒸されたりして、湯気を伴いながらできあがるお菓子がたくさんあります。しっかりと手順通りに仕事を施され、あるひとつの工程が仕上がった時にホワ〜っと、フワリと立ち上る湯気。その瞬間は職人たちの変わりない確かな仕事の証にも感じとれ、それと同時に、できあがったお菓子や赤飯を楽しみに待っていてくれるお客さまの笑顔が湯気の向こうには見え隠れして、日々繰り返し行われる工程の中でもほんのり気持ちまで温かくなり嬉しくなってしまうものなのです。

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