故きを温ねる

連載 すずなり

和菓⼦とひとことで⾔っても饅頭・練り切り・⼲菓⼦などいくつもの種類があり、そのどれにも古くから受け継がれてきた技巧と、今を⽣きる職⼈たちの新趣の知恵が織り混ざり、私たちの⽬や⾆を楽しませてくれています。数ある和菓⼦の中でも、とりわけ古きよき時代の⽇本⽂化をそのまま垣間⾒ることができるのが、菓⼦⽊型を⽤いて作られる砂糖菓⼦でしょう。

もうしばらくすると創業100 年を迎える鈴懸には、古くから⼤切に使われ続けている⽊型があります。今の季節、店頭に並ぶお盆の御供菓⼦、落雁がそうです。円柱形の⽊型には天⾯だけでなく、側⾯にも細かく美しい蓮や菊の花の姿が彫り込まれています。⼿に取り近くで⾒てみると、花びらや葉には、幾筋も細かったり太かったり、浅かったり深かったりする線の表情が美しさを添えます。⼀本たりとも同じ線は無く、葉や花びらの先は、まるで本物のように柔らかく丸まったり、わずかだけ膨らみを持たせるなど繊細な表現も⾒事で、いつまでも⾒飽きることはありません。⾒れば⾒るほど昔の⽊型職⼈の技の巧みさに感嘆するばかりです。

しかしながら、この⼿彫りでしか成し得ない、植物を柔らかく映しとるような繊細で美しい和菓⼦をうみだす菓⼦⽊型をつくる職⼈が本当に少なくなってしまったと、⼭⼝職⼈⻑は寂しい表情を浮かべます。菓⼦⽊型職⼈もですが、材料となる質の良い⽊材も希少となってきた昨今、昔のように美しい意匠を施した新しい型をつくり出すことは、まずできないのだそうです。それだけでなく、今ある貴重な菓⼦⽊型を美しく保つためには、⻑年使い続けて彫りが⽢くなってきた部分に⼿を加える必要があります。型である⽊は⽣きものですから、時間を経ると⽊がそってきたり、⾍喰いができたりもします。お菓⼦に仕⽴てたときに意匠を美しく浮き出させるためにも、型を修繕し、彫りを鋭く保つことは重要なのですが、これを施すことができる職⼈がいなくなってきているというのです。

現職⼈⻑はこれまで⽇々のお菓⼦づくりに励みながらも、鈴懸の中に使われずに保管されたままの古い菓⼦型を改めて⾒直し、修繕を施してくれる⽊型職⼈を休⽇の時間を使っては全国、場所を問わず探してこられました。さらに、使われずに⽇本のどこかに眠る古い菓⼦⽊型も探し続けているものの、なかなか状態の良いものや、納得のいく意匠と出会えることはほとんど無いのだそうです。そんな中、鈴懸の古い時代に使われていた菓⼦⽊型が⾒つかりました。通常の落雁をつくる⽊型の約5倍ほどもある、とても⼤きな蓮型です。⼤きさだけでなく、花びらは右に左にと揺れ重なり、表情にダイナミックさが加わった圧巻の美しさです。職⼈⻑はその型を⽤いて昔の美しい落雁を今に蘇らせたいと、砂糖の⾊の重ね⽅を変えるなどし、さらに細部の美しさを際⽴たせる⼯夫を繰り返し、試作に取り組んでいます。

もともと職⼈⻑のご実家も福岡市内で営む和菓⼦屋でした。今は亡き和菓⼦職⼈をされていたお⽗様が使われていた菓⼦⽊型は、今も⼤切に鈴懸の⼯房で職⼈⻑のもと保管されています。職⼈⻑のご実家の古い菓⼦⽊型も、鈴懸に⼤切に伝わる⼤きな菓⼦⽊型も、これからさらに⻑く使い続けるために重要な修繕を、この度ご縁があり、佐賀県の⾯師の⽅にお願いできることとなったのです。⾯師である中原恵峰⽒は、実は以前は菓⼦⽊型も作っておられたとのことで、この貴重な出会いをきっかけに、鈴懸の盆菓⼦に古い時代の素晴らしい意匠のものが蘇る⽇も遠くないことでしょう。

⼈も技術も⽣きものです。⾰新だけでなく、物の良し悪しを⾒極め古きよきものを⼤切にし守り続ける情熱と、今にいかす技術の伝承が、いつの時代にも新鮮な感動を⽣むのだと感じさせてくれました。全ては、⼿に取られたお客様が喜んでいただけるように、その⼀⼼からくるものです。和菓⼦を⼿に取り、美しさを感じていただけたのだとしたら、そこには職⼈たちの⼈を⼤切に想う気持ちが時間を超えて宿っているのでしょう。

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