お知らせ

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「祇園饅頭」販売のお知らせ

 

「新型コロナウィルス」感染拡大防止の観点から、本年度の博多祇園山笠が来年に延期となりました。
770年以上も続く博多の伝統的な祭り「博多祇園山笠」
太平洋戦争で中断し1948年に復活して以来、初めての見送りとなりますが、博多総鎮守櫛田神社では追い山神事は行わないものの、櫛田神社の飾り山は例年通り建てられ厄病退散を祈願されます。

 

毎年、山笠期間中に限定で毎日お作りしている「祇園饅頭」
今年はこの山笠本来の意味「厄病退散を祈願」を改めて粛々と受け止め、心をこめてお作りし販売いたします。

 

また、櫛田神社と博多人形師・中村信喬氏、中村弘峰氏のご好意により、本年の櫛田神社の飾り山の下絵を用いて葉書を二枚作成し、祇園饅頭に添えてお渡しいたします。

 

葉書は櫛田神社でお祓いしていただいております。
自粛により会えなかった大切な方へ、御見舞の気持ちをこめて夏のお便りとして、またご家庭の安全を祈念し飾っていただきますと幸いでございます。

 

表 [清正公虎退治誉]

人形師・中村信喬氏
題字・中村ふく氏

見送り [桃太郎鬼退治誉]

人形師・中村弘峰氏
題字・中村ふく氏

 

戦国武将の加藤清正と、おとぎ話で語り継がれる桃太郎が虎や鬼を退治する様子には感染終息と、人々が安全に平穏な日々を過ごせるよう願いが込められています。

 

 

博多祇園山笠の起源は鎌倉時代の1241年に博多で疫病が流行した際、承天寺の開祖であり当時の住職である聖一国師(円爾)が町民に担がれた木製の施餓鬼棚に乗り水を撒きながら町を清めてまわり疫病退散を祈祷したことを発祥とされています。
安土桃山時代、島津氏と豊臣氏の戦いにより博多の街は焼け野原となりましたが、豊臣秀吉が帰国の際、博多の街をいくつかの区画毎に「流」(ながれ)としてグループ化し復興を行いました。(太閤町割)。
この「流」が博多祇園山笠のグループ単位の発祥です。戦後の一時期、13流に増えたこともありましたが、現在の「流」は恵比須流・大黒流・土居流・東流・西流・中洲流・千代流の7流です。
かつては京都の祇園祭のように町ごとに飾り山の華美を競いながら練り歩いていましたが、江戸時代の1687年に土居流が東長寺で休憩中、石堂流(現在の恵比須流)に追い越される「事件」が起きました。
このとき2つの流が抜きつ抜かれつのマッチレースを繰り広げ町人に受けたことから、担いで駆け回るスピードを競い合う「追い山」が始まりました。
以来戦後の一時期を除き祭のクライマックスとしてこの「追い山」が執り行われるようになりました。
第二次世界大戦中は中断を余儀なくされましたが、現在は復活し、毎年300万人を集める福岡市最大のイベントとなりました。
祇園饅頭は櫛田神社の紋を頂いたところのみが販売できるお饅頭です。

 

博多 鈴懸本店、天神岩田屋店、博多大丸店、JR博多シティいっぴん通り店、JR博多シティデイトス店で販売。

 

7月1日~7月14日まで。

 

 

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