時を満たす、心を満たす

連載 すずなり

鈴懸の本店にある茶舗ではEN TEAの十二ヶ月のお茶をご提供しています。EN TEAを主宰する丸若裕俊さんと
鈴懸店主の中岡との出会いは 20年ほど前になりますが、このコラボレーションした味の提供は
“顔馴染みだったから繋げた”ということではなく、どこか考え方が似ている二人の“感性の共有”を長い時間かけて
行なう中で「この楽しみ方をお客様にも感じていただけたら、茶舗で過ごされる時間に新たな楽しみを加えて
いただけるかも。」といった思いからなのでした。
お菓子とお茶に親和性があることは、誰もが認識していることでしょう。日本人の多くには好みのお茶があり、
ご自宅で飲まれる茶葉は定番のものがある方も多いものです。鈴懸のお菓子をご自宅に持ち帰り、お好みのお茶
と合わせていただける一方、「鈴懸の茶舗での楽しまれ方はどうするのが良いのだろう?」と店主は常々考えて
おりました。例えば季節のお菓子は、まずは目で楽しんでいただけるよう、それぞれの季節特有の情景を映した
色や意匠を施し、味わいも旬の果物を用いたり、体感温度や湿度によって心地よい口当たりとなるよう塩梅を調
えています。季節のお菓子といっても、近頃の日本の季節は単純に“四季”と表せなくなってきているように思い
ます。春と秋は極端に短く、夏と冬は長くなり、その季節の移ろいも徐々に変化するのではなく、いきなり次の
季節に変わってしまうといった具合です。特に夏は、爽やかな空気と空の青さも雲の白さも冴え始める初夏、温
度も湿度も高くなる夏の盛り、そして夜も気温が下がらずに何日も続く酷暑の日々、そして時折涼しい風が吹く
ものの日中の陽射しは強く、朝晩に秋の訪れを感じる晩夏と長い時間をかけて表情を変え続けます。暦で季節を
知るのではなく“体感”で測るしかない状況の中で、店頭に並べるお菓子の変わり目や販売期間も、お菓子ひとつ
ひとつの塩加減など味の塩梅も、店主や職人の体感で都度変化させるのです。そんな中、店主がEN TEAの丸若
さんとお会いするときに淹れてくれるお茶のあり方は、柑橘の爽やかさが香る晴れやかな緑茶だったり、時に微
発酵した釜炒りのお茶だったりと実に表情豊かなものだったのです。主張が強いわけではないのに、表情に個性
があるお茶を口に含み、その喉越しや鼻に抜ける香りを感じると、「あ〜、このお茶はどこか大陸を感じる九州
らしい味わいで、カステラとかバター系のものと合わせると美味しそうだな。」「ん?二煎目は味も香りも変わっ
て、もはや砂糖だけ少し舐めるくらいが合いそうだ。」など、味や香りの掛け合わせで様々な想像の広がりを体
験するひと時が過ごせるのです。

丸若さんは「お茶は自分の写し鏡のように感じることがある。」と言います。「お茶もお菓子も“時分どき”がある
と思うんですよね。」とも。これは店主も大いに共感することで、決まった時間に食事やおやつを食すというこ
とだけではなく、それをするのにふさわしい時を自分自身で感じとり、楽しむことはとても有意義なことだなと。
お茶やお菓子をいただくときに用いる「一服する」という言葉があります。これは忙しい日々の中でお茶を飲む、
お菓子を食べるということ自体が目的ではなく、一服することで感覚がふと我に戻り、自分自身や周囲に意識が
向くような、そんな余白ある時間の過ごし方を指すのではないかと店主も丸若さんも感じています。単純なリラ
ックスとも違う、意識や感覚の覚醒と沈静の両方があるような。そうなると、お菓子やお茶の見た目や味わい、
香りが複雑過ぎると、そちらに引っ張られすぎて自分自身を解く時間とはまた違ったものとなってしまいます。
茶舗で過ごされる時間は、目に入る空間も周りにいる人々も、自分が身につけている洋服もご自宅で過ごすもの
とは違いますので、多少なりとも一服する時間の中にはある種の緊張感があることでしょう。茶舗で目に入る空
間の色味や椅子の高さ、触り心地などはその緊張感でさえも心地よいものとなるよう設えています。誰と過ごす
か、自分一人で過ごすかでも感じ方は違いますし、気温や天気の違いで心地よくも不快にも感じることもありま
すが、ほんの少しの時間、その時だけの味わいや香りの掛け合わせを存分に楽しむひとときが過ごせたら、心持
ちに変化が訪れるかもしれません。季節の移り変わりや温度の変化をご自身の五感で感じとっていただき、自分
自身の“今”の気持ちをゆっくりと呼び起こすような、そんな一助となればと思うのです。ご時分どきでお茶とお
菓子が時を満たし、心を満たしていただけるものとなりますよう、今日も鈴懸の茶舗でお待ちしております。

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