往古来今-castilla

連載 すずなり

お菓子の始まりに思いを巡らせ、木の実や野菜、果物を食していた縄文時代にまで遡った前回の「往古来今」。菓子の「菓」の文字は、並び生えた草を表す草冠に、実のなった木を表す象形とで成り立ち、〝果実“や〝木の実”を表します。鈴懸でお買い上げいただいたお菓子を持ち帰られる際にお使いいただく紙袋には、このお菓子の始まりを表す「菓」の一文字を配しています。文字が表す通り、最初のお菓子である〝果実“や〝木の実”ではありますが、とはいえ、まだまだ今の私たちがお菓子として思い浮かべる甘いものとは程遠いものでした。

今回は時代を少し進めてみましょう。お菓子をつくる材料で一番に思いつくのは、今では誰もが〝砂糖“なのではないでしょうか。そんな砂糖が日本で使用されるようになったのは奈良時代の頃。伝えられているのは754年に唐の鑑真和尚が来日した際に、当時の孝謙天皇に献上品として、わずかながらの黒砂糖を持参したのが始まりとされています。しかもその頃の砂糖はお菓子の材料ではなく、薬として用いられ、皇族や貴族など高貴な人々しか口にすることができない大変貴重なものでした。

ですから、もちろん当時の日本にはまだ卵や小麦粉などと合わせて作るお菓子などはありませんでした。平安時代に入ると、遣唐使によって唐菓子が伝来しました。その中にあった米などを熱して干して砂糖を混ぜた干菓子を日本人の口に合うように仕立てられたのが、今でいう〝おこし“のようなものだったようです。

16世紀の中頃となると、日本はポルトガルやスペインとの間で貿易が行われるようになります。いわゆる〝南蛮貿易“です。当時の日本は戦国時代。やがて迎える鎖国まで、日本の大名たちはこぞって鉄砲や火薬などをこの南蛮から求め、日本からは金や銀、刀剣などが輸出されました。そんな時代の中で、南蛮から日本に伝わってきたのが生糸や絹織物、そしてカステラや金平糖といった南蛮菓子です。南蛮人は貿易とキリスト教の布教を目的としており、戦国時代の真っ只中にある日本は、銃本体は日本では生産できていましたが、硝石や鉛は日本では手に入らず、〝富強”を目的としていた戦国大名は南蛮船を歓迎したのです。貿易港であった長崎、平戸や豊後府内(今の大分)は栄え、博多や大阪の商人たちによって日本各地へと渡っていったのです。

戦いの道具と一緒に南蛮から持ち込まれた卵や砂糖をふんだんに使用したお菓子は、戦国武将にも大変人気があり、珍重されたといいます。それまで食事以外で食すといえば硬い木の実や、甘さを感じるものも果物や甘葛汁などだった日本人にとって、ふんわりと柔らかく甘いカステラはどれほどの衝撃だったことでしょう。

カステラはポルトガルが発祥で、スペインを構成した州の一つとなった「カスティーリャ」が名前の由来とされています。南蛮貿易をきっかけに布教されたキリスト教の広がりをよく思っていなかった豊臣秀吉ですが、長崎の代官が南蛮人からカステラの製法を教わり、秀吉に献上すると、いたく気に入ったのだとか。砂糖の甘さや食感もちろんですが、それまでにお菓子どころか鶏卵を食べる習慣のなかった日本人にとって、カステラは、それまでの概念を覆すお菓子として用いられ、それ以降、卵や砂糖を使ったお菓子がつくられるきっかけとなっていきました。

戦国時代とも南蛮貿易時代ともいわれるこの時代は、まだまだ庶民は口にすることができなかった甘いお菓子。位の高い人にのみが口にでき、戦国三英傑とされる豊臣秀吉をも虜にしたカステラ。時代は移り変わっても、砂糖、卵、小麦粉といったシンプルな材料で作られた生地が焼き上がるときのなんともいえない甘やかな香り、そして口に運んだときのしっとりとした柔らかな食感は秀吉の心を溶かしたときと変わらず、今の私たちの心も捉えて続けています。
鈴懸の「castilla(カスティラ)」は4月7日~22日の限定販売のみ。そして、今年から新しくお箱が装いを新たに致します。図案は、佐賀県有田町にある辻精磁社の辻浩喜氏によるものです。これは鈴懸店主が大切にしている辻氏作の菊尽し文の水差しから着想を得たものです。辻精磁社の身上とする呉須の青と白磁が美しい水差しは、中国で古代から長寿の象徴とされてきた菊を模様化し、散りばめられています。

南蛮貿易によってもたらされた更紗模様を思わせるこの水差しの紋様を、菊から鈴懸(プラタナス)の実に変え、「castilla(カスティラ)」を収めます。この鈴懸だけの紋は「鈴懸更紗文様」と名付けていただきました。遥か昔に南蛮よりもたらされ、庶民には手の届かず、位の高い人にとっても斬新なお菓子であったカステラ。時を経てもほとんど製法を変えずに伝わる、今では九州を代表するお菓子です。由来を面白く感じながら、今では誰にでも親しまれている素朴な優しい味わいを存分にお楽しみください。

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