
和菓子とひと口で言っても、その種類はお菓子に含まれる水分量の違いで主に3種類に分けられます。水分量が10%以下のものが「干菓子」で、落雁や和三盆に代表されるように乾燥させて仕上げるため、日持ちが長く保存しやすいものが多くあります。水分量が10%〜30%のものは「半生菓子」といわれ、最中やカステラのように焼くことで風味を良くしたお菓子の中でも比較的水分が多く、干菓子と生菓子の中間的なものをさします。水分量が30%以上あり熱処理をしない和菓子を「生菓子」といい、大福や饅頭、ういろうや羊羹、金鍔などがこれにあたります。そして、この生菓子の中でも職人が熟練の技術で細工を施し、日本の四季を美しい色や形で映しとった上等な和菓子を「上生菓子」と呼びます。

上生菓子は、例えば雄大に広がる鮮やかな錦色に染まった秋の山々や、柔らかな空気を纏っているかのような春先の様子など、情景を色のみで表してみたり、その時々に咲く花々や木立などの植物や、水の流れ、水中に姿を現す魚など形あるものを豊かに美しく形づくります。小さな花々が集まった様子や、柔らかな花の花芯を表現するには「毛通し」や「きんとん通し」と呼ばれる道具が用いられ、練り切りやきんとんなどが、やがて形づくられる花の一部となるべく姿を変えていきます。他にも押し型や三角棒、そして職人の指先までもが道具の一つとなり、見事に形づくられていく工程はいつまでも見飽きることがありません。

和菓子を作るのに用いられる素材の種類は、それほど多くありません。素材の持つ特徴を活かし、職人が手にこめる力の入れ具合、微妙な角度などで変化させることで見た目だけでなく、口当たりといった味わいをも変化させます。時には、中に包まれる餡を黄身餡にして色をつけ、菓子切りで割ったときに初めて見て取れる色合わせが現れるなど、遊び心をもったサプライズを潜ませることも。何気ない日々の中で目にしているものへの感受性を高め、想像力を豊かに膨らませることも、それを表すために手技を磨くことも、和菓子職人にとっては欠かすことのできない重要な側面です。程度よく引き算したうえで成り立つ表現には、日本文化ならではの“粋”が宿ります。紅葉ひとつ、栗の実ひとつとっても、職人がどんな想いを抱き、それを現す技術を持ち得ているかで仕上がるお菓子の味も形も全く異なるものとなるのです。
このように和菓子の中でも特に「上生菓子」は、色や形、味わいも、表現したいものに合わせて自由につくることができるので、それをつくる職人、ひいては和菓子屋としての個性が存分に楽しめるものでもあります。茶の湯の世界では、四季の移ろいに合わせ、お道具や生花、掛け軸を変えて一服を楽しみますが、主菓子として用いられる「上生菓子」はお抹茶の味を引き立てるだけでなく、茶室に季節の空気を呼び込む重要な役割を果たします。お祝い事や行事に合わせて催すお茶会は、そのテーマに沿った主菓子を用意するのも楽しみの一つ。鈴懸でもお茶会用の上生菓子のご注文もよく承ります。お茶会の趣旨に合わせ、主催者の方とまずはスケッチで形や色、味などの表現をすり合わせていく過程は、難しくも楽しい時間の積み重ねです。お流派によってお好みが異なることも、茶の湯の深さや日本文化の豊かさを改めて知ることとなり、勉強になります。そして「上生菓子」は必ず菓名をつけますが、ご注文で承る場合はこの名前にもご注文された方がお想いを宿したり、語感や文字の使い方に粋な表現を用いてみたりといった楽しみ方もできるのです。

握り拳一つに満たない小さな世界ではありますが、味、形、名前それぞれに豊かな感性が凝縮された上生菓子は日本ならではの美しさと、知性、そして粋な遊び心が詰まった特別なお菓子だといえるように思います。この特別な楽しみは茶の湯の世界だけのものではありません。例えば、お祝いなどの特別な日に合わせて、その時期の花や色、菓名をもつ上生菓子をお選びいただいたり、結婚や結納の日にふさわしいものや、1年に5回ある節句に合わせた上生菓子のご用意もございますので、日々の暮らしを楽しむ時間に取り入れていただければと思います。日毎に自然の草花は姿を変えるように、上生菓子もその時々のものしか店頭に並びません。場合によっては3日ほどしか販売されないものも。今その時を表すお菓子が上生菓子なのです。特別な日だけのものとせず、もっと上生菓子を身近にお楽しみいただきたく、10月29日水曜日、東京の伊勢丹新宿本店の地階にある鈴懸の店舗にて、実際に職人が作る様子をご覧いただけます。鈴懸の職人長自らが店頭で、この日だけに限った特別な上生菓子をつくり、販売させていただきます。あまり目にすることのない職人の手技や、秋の様子を映しとった上生菓子の味わいを、ぜひお楽しみください。
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