建てる目、撮る目(後編)

連載 すずなり

前回のすずなりでは、鈴懸の店舗設計や家具デザインに携わっていただいているケース・リアルの二俣公一さんと、商品など様々な鈴懸の様子を撮影してくださっているカメラマンの水崎浩志さんのお二人に鈴懸の仕事を通して感じていることを話していただきました。引き続き今回は、お二人にそれぞれのお仕事で印象的なエピソードを伺ってみたいと思います。まずは二俣さん。店舗を設計してくださっていますが、最初に手がけられた店舗設計と今とでは、何か変化を感じられていることはあるのでしょうか?

 

(二俣さん)

「最初の頃は空間の材料として、新しい建築素材や、それまでの鈴懸店舗では用いたことのない素材に興味を持って試したりもしていた中で、今では“ここは変えるべきではない”といったことが、はっきりと出てきたように思います。また施工チームとの積み重ねもあり、ディテールの表現や材料の使い方、加工の仕方などブラッシュアップをし続けて、どんどん精度が上がっているように感じています。今では整然と、あまり力まずに表現していくように心がけ、東京ミッドタウン日比谷店はその集大成ともいえる店舗だと思っています。」

 

日比谷店は特殊な環境で、開口部の高さがとても高く、店の前の通路は長い直線で奥行きもある。そんな場所でお客様から見てまず目につくのは、天井から下がる大きく真っ白な暖簾です。そこはどんな計算があったのでしょう?

 

(二俣さん)

「通路に大きく面した店構えなので、圧倒的な面積で〝面“として見えた方が良いなと。お店の中が最初から全て見えてしまうよりも、暖簾をくぐってから見える方が良いなと思ったんです。暖簾も刺繍された鈴が並ぶだけで、鈴懸の名前は見えません。ショーケースの高さは、鈴懸のどの店舗も決まっていますが、その高さを意識して暖簾の長さは決めました。外から見ると中にいるお客様の上半身は隠れて、人の動きだけが見えるような景色となります。」

 

 

日比谷店にかかる暖簾は京繍伝統工芸士であり、京の名工にも認定された長艸敏明氏によるものです。大きく垂れた鈴の刺繍のみの白い暖簾に、真横に真っ直ぐに伸びるショーケースの中に如菴陶房の橋本祭由さんの手による大きな焼き締めの皿が並んでいるだけで“鈴懸”の店舗だと今ではわかっていただける、引き算のデザインです。

二俣さんは鈴懸の表現として特徴的なのは「力の入れ場所と、抜き場所のバランス」だと言います。JR博多シティ デイトス店や新宿伊勢丹店、麻布台ヒルズ店などの店舗で、最近気に入って使用している素材の一つに台湾蛇紋(タイワンジャモン)という緑色した石があります。大理石の一種なのですが、この石が持つ緑色は力があり独特の存在感を放ちながらも木の色や、左官で仕上げた壁面との色と馴染みます。存在感のある素材だからこそ、台湾蛇紋を使用する際はやりすぎない分量感や、どこに配置するかにとても気を配られるとのこと。

 

(二俣さん)

「何よりも並ぶお菓子の背景としてのバランスを大事にしています。空間はレイヤーだと思うので、お客様が立たれて、お菓子が並ぶカウンターがあって、店員さんがいて作業スペースがある。そしてその奥に背景があるという、層(レイヤー)の重なりをどう見せて、どう感じさせるかが大事だと考えています。照明も含めて、鈴懸の空気感をどう感じさせるかといったことです。中岡さん(鈴懸店主)も新店舗の設計の際はどんな“空間”にするかというよりも、どんな“空気”にするかということを常に考えられておられるので。」

「その空気感って、僕が写真を撮る時も同じです。」と水崎さん。水崎さんには、どんなお菓子なのかお客様に知っていただくための商品写真や、お菓子の細かな素材や細工などひと目では気づかない美しさなどを切り取ったイメージ写真、ケース・リアルが手がけられた店舗の姿や、働く人々、そしてこのすずなりの記事の写真など鈴懸の全ての写真を撮ってくださっています。写真撮影の現場でも、二俣さんの設計の現場と同様に空気感を大切にされているのだとか。

(水崎さん)

「たとえば商品のイメージ撮影の時、鈴懸さんの方から“これはこう撮って欲しい”といった具体的な縛りみたいなものはありません。撮影中にずっとご担当者が撮影の様子を立ち会って指示をされるということはなく、極端に言うとお菓子の前でひとりぼっちにされる。そして、僕はずーっとお菓子と向き合ってシャッターを切らずに対話していくんです。」

 

 

お菓子によっては涼やかな透け感があったり、逆に光を通さずどっしりとした素材感のものもある。WEBでも見ていただけるように、お菓子の美味しさや素材感を美しく切り取ってくださっている水崎さんの写真ですが、最初の試行錯誤は色々あったようです。

 

(水崎さん)

「撮影する前に、ある程度こんなふうに撮ろうと想定しているのですが、実際にお菓子を目の前にしてじっくりと見ていくと想定とは違う存在感が見て取れることが多々あるんです。最初の頃はいかに写真として面白いかや、その存在感を際立たせるためにオリジナリティを求めて若干奇抜な撮影の仕方を考えた時期もありました。でも、長く携わるにつれ、それぞれのお菓子がもつ独特の佇まいを、そのままの空気感で撮りたいと今では感じています。鈴懸さんからは何をやっても良いという雰囲気はあるけど、通り越し過ぎるのは違うなと。やっぱりお菓子は撮影の表現は色々でも、美味しそうでなくてはいけないという当たり前の見せ方ができるよう、毎回向き合うお菓子ごとに探っている感じです。」

 

表現の仕方は設計も、写真撮影も自由。でもそれは、今の“鈴懸らしさ”や “鈴懸の空気感”をどうやったら表現できるかを自由に発想していただいて、鈴懸の店主も含めいつも模索し続けていると感じます。お二人のお話の中で印象的だったお話がありました。

 

(二俣さん)

「仕事をしていく上で時間を積み重ねていけるということは、案外、稀有なことだなと思うんです。今となっては関わる人の中で当たり前となっている表現も、そこに行き着くまでは簡単なことではなくて、試行錯誤を重ねてずっと真剣に向き合い続けた結果ということですから。人間としての付き合い方とか、繋がり方とか、阿吽の呼吸で感じられる完成とか、そういうことってものづくりにおいて、とても大切な気がしています。そういう方々と一緒に仕事を重ねていけるということは、すごい才能のある人に出会うよりも実は難しいんじゃないかな。」

 

(水崎さん)

「僕ら自身が中岡さんと出会った時期も、お互いにものづくりに対して切磋琢磨していた時期にピッタリと合っていた気がします。それは鈴懸のお菓子作りにおいても同じなのかもしれません。職人さんが考え、つくるお菓子の姿や味わいにも、今の鈴懸の空気感を求めて表されたことの積み重ねですから。二俣さんの言われる力の入れ場所と抜き場所のバランスを大切にしているということは、写真撮影においても同じです。力を入れ過ぎない表現の方が実は難しいことですが、鈴懸においてはとても大事なことだと思っています。」

 

店舗、写真、パッケージや印刷物などのデザイン、このすずなりのように鈴懸の様子をお伝えする言葉、そして何をおいても商品となるお菓子。そのどれもが“今”の鈴懸らしさを求めた試行錯誤の積み重ねです。時間が積み重なっていく限り完成ということはありません。その時々の時代の空気感や、関わる人がもつ感性の移り変わり、様々な要素を含んだ“今”の鈴懸がお客様に心地よく届いていれば幸いです。店舗やWEBを訪れて頂いた際には端々に宿る鈴懸のものづくりの在り方もどうぞお楽しみください。

 

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