うつくしい味

連載 すずなり

ちょっと一服。聴き慣れたこの言葉の意味は、「根を詰めて作業をしている途中、お茶を飲んでひと息ついて休息すること」です。ひと息つくとき、はるか昔から日本人はお茶とともに甘い菓子を食べて体も心もほぐし、英気を養ってきました。今でも私たちは「お茶をする」ことを好みます。しかし、果たして今の私たちはお茶をする時に「ひと息」つけているのでしょうか?ほんのひとときだけでもほっと気を緩ませ、甘味とお茶を味わい、ゆったりとした時間を愉しんでいただきたい、そんな気持ちから鈴懸本店の茶舗で新しい試みが始まりました。

仕掛け人の一人、EN TEA主宰の丸若裕俊さんは、日本において約1,300年もの永きに渡り私たちの生活に欠かせない飲み物となっているお茶を、今の生活の中でもっと深く味わい、愉しめるカタチとして、日本のみならず広く世界へ提案し続けておられます。丸若さんが考えるお茶のあり方は単に美味しかったり、形式美として用いられるものではありません。それは飲む人の体や、飲む瞬間の気持ちにすっと寄り添って沁み入るようなもの。お茶を飲むという習慣は、「自分自身を見つめ直す機会をうみ、安らぎをもたらしてくれる」と丸若さんは言います。「美味しい」だけでなく、お茶を飲む人とつくる人の時と心を満たす調和のとれた、そんな「美しい茶」のあり方をEN TEAは追い求められています。そしてそれは、鈴懸が目指すところとも重なるのです。

EN TEAの目指すお茶を表すのは、もう一人の仕掛け人、佐賀県嬉野の茶師 松尾俊一さん(写真:真中)。丸若さんが想い描く茶のあり方を汲み、茶の開発や味の決定を行います。今、世の中にあるお茶は一本の茶の樹から始まりました。つくりかた一つで紅茶や烏龍茶、そして緑茶などのお茶へと姿を変えます。茶葉の育つ環境や茶師の手技で、様々な味わいや水色の美しさがもたらされるのです。それは巡る季節にも、人の気持ちや趣向にも寄り添うことができる多様さです。その多様なお茶の中から、鈴懸の季節を感じていただける和菓子と合う十二ヶ月の月替りのお茶のご提案が、今回の新しい試みとなる鈴懸とEN TEAとのコラボレーションによる「時季の生菓子セット」の十二ヶ月の茶です。巡る季節ごとに、お菓子もお茶も変化していきます。

美しい日本の季節を姿に映し、旬を味わう喜びで人の心を癒す和菓子。そんな和菓子を味わうとき、五感が刺激されるような、「美味しい」という感覚をさらに豊かに広げてくれるお茶を見つけることができたら、それはきっと愉しい経験となるに違いありません。例えば、いつまでも続く残暑には、清涼感のある後味ですっきりとした味わいの水出し緑茶の山椒はいかがでしょう。和菓子は、秋を先取りして栗餅を合わせて。皆様それぞれに、お好みやその時の気分に合わせ、和菓子とお茶の組合せを変えて愉しんでくださいね。

今回のコラボレーションの実現まで、何度も季節の和菓子に合わせ、茶師の松尾さんが月ごとの気温や、その時々に感じさせる色合いなどを吟味して選んだお茶の試飲を丸若さんと店主とで重ねてきました。そんな最中、「inとoutの味わいの違いも愉しんでくださいね。」と、なにやら気になる発言をした松尾さん。in=茶を口に最初に入れるときに感じる香り、out=飲んだ後、鼻から抜ける香りと口の中に広がる余韻のこと。体に沁み渡るお茶の味わい方を「inとout」という言葉を使って松尾さんは表現されたようです。

店主はいくつもの茶を試飲しながら、すでにそれぞれの持つ味や香りの特徴、最初の飲み口と後口の違いなどに気づき「お茶は面白い!」と思っていました。そこで松尾さんから言われた「inとout」を意識して飲んでみると、さらに深く味わいが広がり、「ますます面白い!」と感じ入ったようです。つまりは呼吸。ただ、ごくりと飲み込むだけでなく、最初に香りを聞き、口に含んで味わいの広がりや喉越しを感じ、そして飲み込んでなお広がる余韻を味わう。最後には鼻から抜けるさらなる香りも逃さずに。深く呼吸をするようにお茶を楽しむことで、心がすぅと落ち着いてくるのを感じます。ぜひ皆様にもこの呼吸の味わいをお感じいただきたいと思います。

和菓子もお茶も、目で口で鼻で、呼吸とともにゆったりと味わっていただけば、味覚の愉しみだけでなく、いつもとは違う自分自身の心のあり方にも気づけるかもしれません。四季を感じないほどに気温は極端な上がり下がりを続け、時は驚くほどの勢いで過ぎ去るように感じる昨今。せわしなく日々が過ぎゆく中で、身も心も疲れを感じている人も多いのではないでしょうか。現代を生きる私たちは呼吸が浅い人が多いと聞きます。深く息を吸い込んで、ゆっくりとする時間を持つことは、今の私たちにとても大切なことのように思います。ちょっと、ここらで一服しませんか?四季の素晴らしさを目にも心にも感じていただける和菓子と、美しい茶をご用意してお待ちしております。

連載 すずなり

オンラインショップ鈴懸オンラインショップはこちら