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連載 すずなり

お手土産の定番として、特に九州では人気のカステラ。歴史は古く、遡ること戦国時代。世界は大航海時代を迎えた時代です。南蛮船で渡来したポルトガルの貿易商人やキリスト教の宣教師により、スペインで古くから栄えた“Castilla(ポルトガル語の発音でカスティラ/カスティーリャ)”という地方のパンだとして長崎に伝来しました。スペインで、大航海時代の船乗りの保存食として作られた“ビスコッチョ”が、このカステラのルーツとされているようです。紀元前3世紀頃には、すでにスペインで食べられていたといわれますので、驚くほど長い間親しまれてきたものです。伝来当初のカステラは、卵、小麦粉、砂糖だけでつくられたもの。これが日本に定着する大きな要因となったともいえるのです。ヨーロッパのお菓子の多くは乳製品が使われますが、カステラは乳製品を使用せずつくることができる珍しいものでした。当時の日本では乳製品の生産はされていなかったため、日本で揃えることができた材料でつくれるカステラは定着したわけです。焼き上げるには日本には無いオーブンが必要でしたが、日本独自の“引き釜”という上下の火で焼くもので代わりとされました。後に鎖国時代となってもなお、長崎の出島でカステラはつくられ続け、釜の改良も進み、江戸時代の中期に現在のカステラの形に近いものができあがったとされています。本当かどうかは定かではありませんが、日本で最初にカステラを食べたのは織田信長だという説もあります。当時は卵、小麦粉、砂糖といえば、贅沢品。おとぎ話にも感じてしまうほど、はるか昔から特別なお菓子として親しまれていたのですね。

一方、鈴懸も90年以上の歴史を重ねるなかで、ふんわりとなめらかに仕立た鈴懸風の“castilla“が創業当初から定番のお菓子として親しまれてきました。この“castilla”が、この度10月よりさらに美味しさを増して新登場します。鈴懸のカステラも古くからの伝来通り、原材料は卵、小麦粉、砂糖だけのシンプルなもの。従来、原材料の中でも味の決め手となる卵は、卵黄と卵白が1:1の割合でカステラはつくられます。今回のリニューアルでは、この卵黄と卵白の割合が5:3となる、五三焼きカステラとして生まれ変わります。

五三焼きは、卵黄と卵白の割合が変わるだけで綺麗に焼き上げることが極めて難しく、菓子職人の中でも特に技を求められるものとして知られています。実際、鈴懸の職人も分量や焼き上げ方、大きさや温度の細かな調整など、何度も何度も失敗を繰り返して、最高の焼き上がりに辿り着くまで試行錯誤の毎日だったといいます。大きくふっくらと膨らむ五三焼きは、従来のものより焼き型の木枠も約1.3倍ほど全体が大きくなり、釜の出し入れなどの制作工程では職人の腕にもかなりの重さがのしかかります。

さらに焼き上げる途中で生地の熱の入り方を目で確かめては混ぜならし、焼き上がりのタイミングを工房に漂ってくる甘い香りで利き分け、最高のタイミングで取り出すのです。焼き上がる瞬間、焼き釜から急に香りが強く立ち始めるのだそうです。この思わず顎を上げて思い切り吸い込みたくなる辺りに漂う甘く幸せな香りに、これから毎日鈴懸の工房は包まれます。

黄身の濃い色が冴え、コクがあり、風味が強い五三焼き。底には、グラニュー糖から不純物を取り除いてつくられた氷砂糖のざらめが味にアクセントを添えます。粒が大きくカリカリとした歯触りと、すっきりとしたクリアな甘みのざらめが、ふんわりとした生地と相まって美味しさにリズムをつけます。

今回リニューアルして登場する五三焼きの“castilla”は、ふんわりと膨らんだ弾力を損なわないよう、従来に比べ少し大きめの箱に収まります。箱は、九州の風を捉えて筆を走らせた日本画家の神戸智行氏による鈴懸の包装紙と同じ用紙で包まれた化粧箱。
大切な方への贈り物や、ちょっとしたお手土産としてもぜひお遣いください。焼き菓子は焼き立てが一番美味しく思われるのですが、この五三焼きは少し時間を置いて、全体に味が馴染んできた時が食べ頃。店頭には、一番の食べ頃に合わせて並びます。味も見た目も美味しく美しく生まれ変わった鈴懸の“castilla”を、どうぞこれからも宜しくお願いいたします。

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