「⿊棒」というお菓⼦をご存知でしょうか?九州の⽅には馴染みが深く、誰でも⼀度は⾷べたことのあるお菓⼦のひとつです。その名の通り⿊い棒のような形状で、表⾯に⿊砂糖や⽣姜の糖蜜がほどこされた⼩⻨粉の焼き菓⼦で、主に九州の福岡県、とくに筑後地⽅や、佐賀県、熊本県で昔から親しまれ、今でも形状や味もほとんど変わらずに存在する⿊棒は、馴染み深い“おやつ”です。1本でわりとボリュウムがあり腹持ちがよいのも、昔ながらのおやつとして⼈気の理由なのかもしれません。少し前のことになりますが、ある百貨店から鈴懸で九州の郷⼟菓⼦の販売をご要望されました。
その時に真っ先に浮かんだのが、この⿊棒です。鈴懸では、それまで⿊棒を商品として展開したことは無かったのですが、これを機に“鈴懸のおやつ”として、九州⼈の誰にでも懐かしい⾆の記憶として残る、⼈気の郷⼟菓⼦である⿊棒をご紹介したいと商品開発が始まりました。東京でのみの限定販売でしたので関東の⽅にしかお求めになることはできませんでしたが、この素朴な味や⾒た⽬の“おやつ”は関東の⼈にも珍しさもあり、関東に住む九州出⾝の⽅には懐かしく、とても好評をいただきました。その後、地元の百貨店で少しの期間だけ商品展開したところ、やはりお客様に喜んでいただけました。
この百貨店での⿊棒販売の経験で店主は「もっと鈴懸でもおやつのように気軽に楽しんでいただけるお菓⼦ができないだろうか。」と考えるようになりました。構えずに、ぱくっと⾷べられるようなお菓⼦を。それでいて、鈴懸らしさを感じていただけるようなお菓⼦を。鈴懸では⿊棒の懐かしい味わいはそのままに、形状などは時代に合わせ思い切って発想を変えてみることにしました。サイズ感も形状もはひと⼝で⾷べられるコロコロとした丸い⼩さなものに。⿊棒の表⾯は⿊砂糖が使われることが多く、ときには⽩砂糖を使った⽩棒というものもありますが、しっかりとした⽢さが印象的なお菓⼦です。それを鈴懸では⼩⻨粉で作った⽣地を焼き上げたあと、表⾯を和三盆糖を⽤いた蜜に漬け、さらに粉状の和三盆糖をまぶすことで少し軽やかな⼝当たりとしました。
そうしてできたお菓⼦には「陽向(ひなた)」と名付けられました。陽向とはきらきら燦々と⼩⻨畑に陽が当たり、そこに⾵が吹いて⼩⻨の穂が⾵に吹かれている様⼦を意味します。これを名付けたのは、鈴懸の社員。お菓⼦が出来上がっていく⼯程の最後に、作業台に広げられた細かな粒⼦の柔らかな⻩⼟⾊した和三盆糖に、⼩⻨粉畑からやってきた⼩⻨をたっぷり使って焼き上げたお菓⼦が蜜漬けされ、まぶされていく様⼦が、本当に陽を浴びた⼩⻨畑のようだと名付けられたのです。
鈴懸のお菓⼦作りは決して無理やりではなく、「美味しいものができた時」が商品の誕⽣です。味も⾒た⽬も、ネーミングも、しっくりと⾃然に納まるものができたときに店頭に並びます。こんな素朴なお菓⼦ですが、時代に合わせ、状況に合わせ、実は少しずつ変化を遂げています。例えばお砂糖の種類だったり、ひと粒のサイズ感だったり。素朴な材料だけでつくられているからこそ、いつでもそのときの⼈の⼝に合う美味しさを考え、常に試⾏錯誤し臨機応変に変化しているのです。昔懐かしい陽向の優しい味は、⽇に何百とつくられるものの、焼き上げのオーブンに⼊っている以外は全ての⼯程を通して職⼈の⼿によってつくられます。分量ごとに包丁でカットし、成形するのも機械ではありません。だから⼤きさも多少違いますし、焼き上がりの表⾯の様⼦もどれひとつ同じものは無いのですが、だからこそ味わいが素朴なだけでなく、⼿づくりから伝わる⼈の優しさを感じ、懐かしさが蘇るのかもしれません。
⾷べ⽅も堅苦しさなんて要りません。お茶やお抹茶をいただくときにお茶菓⼦としてお懐紙にひとつ⼆つとっていただいても良いですし、ざっと⼩鉢に盛り、珈琲に合わせて誰かと⼀緒につまんでいただいても。和三盆と珈琲って、とても相性が良いのでぜひお試しいただきたい⾷べ⽅です。