とある日の工房で、見慣れた鈴懸のお菓子が次々と職人たちの手から作り出されていく様子を興味深く見ていたところ、ふと職人長の手元に目が留まりました。しなやかに動く手の先には指先と一体化したかのようにひと揃えの箸が職人長の意のままに動いていたのです。もちろん、和菓子づくりだけでなく日本人は料理をする時でも、場合によっては洋菓子をつくる際でも道具として箸を器用に用いるため、見慣れてもいます。
しかし職人長が手にしていた箸は、私たちがいつも食事の時に使う箸とは少し違い、まさに道具として役割を果たしている姿をしていました。その箸の丈はあまり長いものではなく、先は驚くほど細く尖り、飴色に輝いていたのです。和菓子は実に繊細な細工が施され、舌で楽しむだけでなく見た目にも華やかで心和むものです。その美味しさと美しさの両方を表現するために和菓子職人は工房内でその製作工程ごとに道具を替えていきます。比較的、和菓子づくりの工程はシンプルで色々と手をかけるものではありませんが、だからこそ材料にこだわり、和菓子の味の決め手となる素材の特徴をいかすために、かける時間や力の加減を調整し、美しく形を整える際も手早くかたちづくることが重要です。
であれば、もちろん職人が培ってきた技術はもちろんのことですが、その技術を支える道具は特別なものなのか、はたまたそうではないのか興味が湧いてきたのです。今、目にしている少し私たちが使うものと様子が違う箸とはどういったものなのか職人長に伺ってみることにしました。
職人長が使っていた箸は、古民家からもらってきた煤竹(すすだけ)を細工しやすいように自ら先を削って作られた職人長手作りの箸なのだと、にこりと笑って種明かしをしてくれました。新しい竹などで作られた箸は柔らかく、そのためすぐに先端が丸くなってしまい、繊細な和菓子づくりには向きません。昔の家には囲炉裏などがあって家をかたちづくっている梁の木材も燻され、乾燥し、また燻され、乾燥し‥‥と繰り返されていきます。しっかり乾燥し油が抜けきったものは、堅く強い木材となります。そんな古民家から出た木材をいただき、自分専用の箸をこしらえたのだそうです。特に堅い木として知られる桜や樫の木が良いようで、そんな木を使って箸を一回つくれば、一生ものの自分だけの道具になるとのこと。職長が手にしている飴色の箸もいい具合に年季の入った輝きを放っています。
昔は古い家が解体されると聞くと、道具を作るのに良い材料が出ないかと楽しみにされていたものの、最近ではなかなかそうもいかず、若い職人さんたちは道具店で手に入れたりすることが多いようです。それでも職人たちがそれぞれ先を細く尖らせたり、箸の幅を調整したりと自分の手に馴染むよう独自の道具に仕上げているのだと教えてくれました。そう聞かされて職人たちの手元に目をやると、同じ形の和菓子を作りながらも使っている箸の先の具合や長さは違っています。きっとその職人に合った細工のしやすいものに整えられたり選ばれたりしたものなのでしょう。
道具としての箸は、ときには毛通しから濾された細くふんわりと柔らかなきんとんを、ひとつひとつ植えつけるように餡玉のまわりを覆ったり、箸をひと揃えとして使わずに一本の箸の先だけで針を扱うように細かな作業をしたりと役目を変えながら職人の手元に寄り添います。こうして道具ひとつにも個性ある役目を宿らせ、手練の職人たちの技がいかされているからこそ、美しく美味しい和菓子が完成されるのだなと、生き物のように動く箸の先を眺めながらますます和菓子を愛おしく感じました。