⼿技の妙技

連載 すずなり

鈴懸の⼯房では、数⼗名のキャリアも年齢も性別も違う職⼈たちが、毎⽇早朝から黙々と季節を映しとったお菓⼦を作り出していく。まるで季節の⾊が⼯房内に全て集められたかのように美しく、⽇によって彩りは変化する。その美しく彩られたいくつものお菓⼦をつくり出しているのは機械ではなく、全て様々な職⼈の⼿の先から⽣まれ出ている。できあがるお菓⼦は同じもののように⾒えるが、男性と⼥性では⼿の⼤きさも指の⻑さも太さも違い、成型の際に加える微妙な⼒の⼊れ具合も変化する。材料を練ったり捏ねたりするときは、指先から腕にいたるまで⼤きなヘラと⼀体化せて全⾝の⼒を⾏き渡らせている。鈴懸の職⼈たちは、いつ誰がどの役割となっても同じお菓⼦ができるよう、その技術はみな共有されているという。もちろんキャリアによって⼿際の良さも要領も変わってくる中、その⽇に担った持ち場で⾒事に役⽬を果たすべく技を繰り出していくのだ。

職⼈たちの⼿元をよく⾒てみると、指先から付け根に⾄るまで時として変化させ⼯程に合わせて、その役割が⽬まぐるしく変化しているのが⾒て取れる。指1 本にまっすぐに⼒を込めて、⽊の枝のように固くして柔らかな菓⼦に凹みを施したり、柔らかな布のように全くどこにも⼒が⼊っていないかのように10 本の指で優しく包み込むことも。まるで⼿全体がひとつの道具であるかのようにその役⽬を変えていく様⼦は⾒ていて飽きることが無い。ぎゅっとつまむ、ぐっと押さえる、ふんわり伸ばす、ぐいっと反らす、すっとこする、さっと混ぜる、くるくるとまとめる‥‥。

例えば、紅葉。丸く成型された練り切りに、いきなり⽊の道具を使って切り込みを⼊れても葉の形はできあがる。でも先に⼩指で6 本の放射線状に凹みをつけ、その凹みに沿って⽊の道具の鋭⾓な部分で葉を作っていく⽅が⾃然の葉に近い穏やかな丸みのある紅葉の葉と整っていく。さらに、包まれている餡も指で先に成型された⽅が、その過程で柔らかく馴染むように形に沿って変化する。⽊の鋭⾓な部分をいきなり当てられてしまっては、練り切りと餡が馴染みながら変化せず、形を変えることになる。それは、もちろん味にも⼤きく影響することになるのだ。

技を共有し、様々な職⼈の様々な⼿の中から⽣まれるお菓⼦は、どれも同じようで実はどれも違う。⼀つとして同じものなどなかった。⼿づくりの良さ。細部に⾄るまで、⾒た⽬だけでなく⾷感にも⼤きく関わる⼯程をそれぞれの⼿の中で⼤切に、丁寧に、微妙な変化を指先で感じ取りながら、さらにその指先を駆使して形づくっていく。だから美味しい。職⼈は使う道具を⼯程に合わせて選びとってはいるが、⼿や指先は職⼈ひとりひとり⾃分だけのもので、変えようがない何よりも⼤切な道具のひとつと⾔えよう。

連載 すずなり

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