あの⼿この⼿

連載 すずなり

「目は口ほどに物を言う」とはよく聞きますが、手も目とはまた違った言葉をなかなか雄弁に語っているものだと気づかされました。目がその奥にその人の感情を宿すものだとしたら、手にはその人の歴史や、姿勢や気持ちなどが現れているように感じます。目も手も言葉を発するよりも強く、目つき手つきでその人のなりを表しているようです。たとえば職人の短く切られた爪や手に深く刻まれたシワや指にできたタコや傷から、その人の仕事に取り組まれてきた時間の積み重ねが垣間見えるようですし、店頭できれいに揃えて重ねられた指をした店員さんの姿勢は凛としているものです。鈴懸の菓舗でお世話になった方にお渡しするお菓子を求めたとき、商品を説明いただいたその指先は全て付けて真っ直ぐ伸ばされて商品に添えられていたし、包装紙をかける指先は無駄の無い動きで紙の端をサッと折り曲げ、最後にかけられた紐は適度に美しいバランスの輪っかをつくって解けないようにキュっと指先に力を込めて縛られました。

接客してくださったのは、まだ菓舗の店頭に立って一年未満の西田さんですが、素早く美しく包んでいただいたお菓子の箱をにっこりと差し出されたとき、特別なものを私がいただいたかのように嬉しくなってしまいました。長く鈴懸の店頭に立つ重松さんから「鈴懸の場合、お客さまがお待ちになっている目の前で包装しますが慌てずに、大切なのは端っこや細部をきっちり箱に沿わせて折って仕上げることなんです。新しく入られた方にもそこは伝えます。」と聞き、やはり何事も角の処理こそ大切なのだなぁと感じ入りました。お掃除でも丸く掃かずに、角に箒や掃除機を沿わせることが大切ですし、折り紙でもひと折りするごとに、きっちりと角に折り目をつけることで美しく形が仕上がります。

当たり前のことと見過ごさず、繰り返し日々の中で意識して角にまで気持ちを行き届かせ、形を整えることは日本人に宿る美意識の一つなのかも知れません。実際、海外ではお店で包装をお願いしても日本のように美しく整えてくれることは少ないように思います。言葉を多く交わさなくとも、鈴懸の店頭でお菓子を出し入れしたり、包装を美しくサッと仕上げてくれる手つきを見ているだけで日本人の美意識の高さや、鈴懸のお客さまを大切に思う気持ちを言葉の通じない国の方でも受け取って頂けているのではないかと思うのです。

茶舗に場所を移し、カウンターに座れば目の前で丁寧にお茶を淹れてくれる美しい所作に目がとまりました。装飾を一切省いた姿をした急須に、湯冷ましからゆっくりと湯を移していくときに添えられた手もまた無駄な動きがなく、その動作のひとつひとつに美しさを感じたのです。お茶を淹れてくださった糸山さんは男性のしっかりした手をしていながらも、ゆったりと丁寧に動くその手先を見ているだけで「美味しいお茶をいただけるのだろうな」と期待しながら見入ってしまいます。聞けば、糸山さんは茶舗の店頭に立つ前に、しばらく懇意にしているお茶屋さんで修行をし、淹れ方を勉強されたのだそうです。お茶の種類はもちろん、その淹れ方ひとつで味が変わります。お茶屋さんがお薦めされる茶葉の量もありますが、鈴懸好みと申しますか、鈴懸なりの美味しさを試行錯誤して茶葉の量を決められているのだそうです。さらに、今でも定期的にお茶屋さんにはお茶の淹れ方、味をチェックし続けていただいているのだそう。もちろん、糸山さんだけでなく鈴懸の茶舗に立つ誰もが淹れても美味しくなるよう、共有され受け継がれています。

「手も、口ほどに物を言う」。たくさんの言葉を発することはせずとも、手の動き、指先ひとつの角度や速度にも相手を思う気持ちが宿っているように思います。「なんだか分からないけど落ち着く。」と、鈴懸でお客様が感じ取っていただけているとしたら、きっと店頭に立つ店員も、厨房で料理をつくるスタッフもその手はおもてなしの心を込めて、静かにたくさん語りかけていることでしょう。

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