同じ釜の飯

連載 すずなり

和菓子職人の朝は早い。冬はもちろん、夏でさえまだ陽が昇りきれない早朝5時、ひとり、ふたりと職人が工房にやって来て下準備を始めます。ドンドンドンドンといった餅をつく音が工房だけでなく鈴懸ビルヂング全体に響き始めるのが6時をまわる頃。この餅つきの音は、工房と併設した自宅で育つ三代目主人にとっては子どもの頃からの目覚まし代わりです。そして7時を回ると全ての職人たちが揃い始め、鈴懸の1日が本格的に動き出すのです。その日に出荷されるお菓子の準備を整えて、なぜか8時になるとバラバラと工房を出て行く職人たち。行き先は、本社3階にある社食堂。

鈴懸では、毎朝8時になると社食堂で温かいごはんと、大きな鍋いっぱいのお味噌汁がふるまわれます。しめじや椎茸、えのき茸といったキノコ類に、もやし、わかめや厚揚げなど具材は日替わりで。たっぷりのキノコを中心に、必ず3種類以上の具材が入ったこのお味噌汁は、鈴懸創業以来365日毎日、職人たちの健康を考えて鈴懸のおかみさんが仕込みます。現三代目主人のおかみさんは鈴懸に嫁ぐ時、この毎朝続く職人全員分のお味噌汁づくりをされている先代のおかみさんの姿を見ながら大変だなぁと思いつつも、お味噌汁の朝ごはんを食べて元気に工房に戻っていく職人たちの姿を見ると当たり前のこととしてすんなり受け入れられたと話してくれました。

職人たちの朝にゆっくりしている時間はありません。ささっと済ませる朝ごはん。でも1日の始まりにお腹に入れる大切なエネルギーとなる朝ごはんだから、栄養がしっかり摂れて満足できるものを食べて欲しいとキノコ類は欠かしません。実は本社を建て替えるタイミングで、この朝ごはんの習慣を止めようかと思ったこともあったようですが、職人たちのどうしても続けて欲しい!との強い要望で今も続いているのです。それでも365日毎日ですから、つくれない時もある。そんな時は不在にする日数分の具材を全て切り、1日分ずつ小分けにして保存して、仕上げだけ社員に託すのだとか。

今では目をつぶってもつくれるというほど毎日のルーティーンになっているお味噌汁づくり。食堂の端にあるキッチンで淡々と仕込み作業をすすめていると、そばを行き来する職人たちに、ふと「今日もおいしかったです!」「いつもありがとうございます!」と声をかけられたとたん、「よぉ〜し!今日もがんばるぞぉー!」と野菜の切り方が少しだけ丁寧になると茶目っ気たっぷりに話してくれたおかみさん。「実は玉葱が苦手な年長の職人が食べるお味噌汁は、好き嫌いはしない方が良いけどね〜と言いつつも、こっそり玉葱抜きで作ってくれたりもしてるんですよ。」なんて優しさや、「美味しいだけじゃなくて、お正月のお味噌汁は紅白の麩が入ったりするんです!」と職人が嬉しそうに私に教えてくれました。栄養だけでなく、おかみさんの心遣いをお腹にも心にも職人たちはしっかりと受け止めているんだなと、話してくれているときの笑顔でみてとれます。

朝ごはん用につくり過ぎてしまったお味噌汁は昼食時にも食べられます。まずは職人優先で、それでも余っている場合は事務方などの社員も食べることができるのだとか。余ったご飯はラップに包まれて独身男性が夕ご飯としてお持ち帰り。現主人がまだ子どもの頃、鈴懸の職人は皆さん住み込みだったため、3食全てふるまわれていたとのだとか。今は朝ごはんだけとはいえ、いつも変わらず用意される温かいお味噌汁を食べることで職人たちは「よし!今日もがんばるぞ」と思え、その食べっぷりを見ながら主人もおかみさんも、職人たちの健康状態や、声として発せられない声を感じとる。同じ釜の飯を365日。今日も朝8時、職人たちのことを思ってつくられたお味噌汁をたっぷりといただいて、体の隅々までやさしさを行き渡らせた職人の手から、丁寧な仕事で美しい和菓子が生み出されているのです。

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