道具に宿る – 毛通し

連載 すずなり

日本独特の美しく移ろう季節の刹那が切り取られる和菓子。掌に収まるほどの小さなお菓子であるにもかかわらず、その見た目は彩りや素材、形によって日本人なら誰しもが感じている四季それぞれの“らしさ”が巧みに映しとられ、旬ならではの素材を用いることで味わいにもまた、その季節でしか味わえない“らしさ”で満たされている。職人が感じ取っている四季折々の象徴を、小さな和菓子の世界で表現するために無くてはならない様々な道具。職人のまるで体の一部であるかのように一体化して動く道具に目をやると、その役目は実に興味深い。たとえば、毛通し。今月から店頭にならぶ「咲分」の表面を覆う、繊細なふわふわとした薯蕷きんとんをつくる時に用いられていた。
「咲分」は早春を告げる紅白の梅を模したもの。紅と白、それぞれの薯蕷きんとんを毛通しで漉すことで、繊細な線状となる。それを少しずつ箸で取り、丸めたつぶあんの表面を埋めるように付けていくことで梅の花を表している。繊細な見た目から花びらの柔らかさを感じることができるだけでなく、食べると口溶けがよくやさしさを感じる。この毛通しの“毛“は馬の尾毛。近頃では馬毛に変わり、ビニール製のものも使われているが、天然素材である馬毛が持つ適度な弾力がきんとんに滑らかさを与えてくれるのだそうだ。この毛通しを使用することでうまれる繊細な表情と、独特の柔らかな食感が楽しめるお菓子は「咲分」のほかにも、母の日の「カーネーション」や、八月後半から重陽の節句まで登場する「着綿」があるので是非おたのしみに。
毛通しと似たような趣で異なる道具として、きんとん通しがある。こちらの網目はしなやかな籐が規則正しく編み込まれたもので、籐のほかにもステンレスが用いられたものもある。網の目は毛通しほどまでではないが、細かく小な目と広め大きな目の二種類があり、表現したい和菓子の表情や味わいによって使い分けられている。これから登場するきんとん通しを用いたお菓子といえば、一月後半から節分まで店頭に並ぶ節分上生菓子のひとつである「鬼」。ユーモラスでありながら大胆で力強い鬼の様子が感じられるだろう。三月の「山笑う」は春先の萌え始めた草木の逞しさや朗らかさが見てとれるようだ。十一月、秋が深まる頃に登場する「錦繍」は三種の色で彩られたきんとんを一気に漉すことで見事なグラデーションがうまれ、黄から紅色へとさまざまに表情を変えていく紅葉の様子を映しとる。鈴懸のお菓子を眺めたり、舌で味わうことで日本の四季がもつ “らしさ”や、鈴懸“らしさ”を感じとることができるのは、選び取られた道具ひとつひとつに鈴懸の職人が持っている感性や気持ちが宿っているからなのかもしれない。

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